第51話 森の城の幹部達

 エイクがエルフの侍女に案内されたのはさほど広くない部屋で、中央に大きな正方形のテーブルが置かれていた。

 その周りにフィントリッドとその配下と思われる者達が合わせて6人立っている。


(謁見の間のようなところに通されるかと思ったが、一応対等な協力者という態度で迎えてくれるわけか)

 エイクはそんな感想を持った。

 確かに、にこやかな笑顔を見せているフィントリッドの様子に限れば、それは対等の立場にある客人を迎えるもののように見える。


「ようこそ、我が城へ。改めて歓迎しよう」

 フィントリッドは笑顔のまま、軽く両腕を広げつつそう言った。その様子も本当に歓迎の意を表しているように見える。

「正面の席へお進みください」

 エルフの侍女が静かな声で告げる。


 エイクは侍女の言葉に従ってテーブルへと歩みを進めながら、室内にいる者達の様子を伺った。

 まずフィントリッドは、エイクの真正面、テーブルの向こう側の中央に立っている。

 室内だというのに、丸く膨らんだ大きな帽子を被っていた。これはいつものとおりだ。

 だが、服装は先ほどまでのものと代わって豪奢なものになっており、深い緑色の重厚なマントを纏っていた。


 フィントリッドの左にはフェンリルのストゥームヒルトが小柄な少女の姿で立っている。

 輝くような白い肌、白銀の髪、澄んだ青色の瞳。その冷たく美しい容姿は変わらない。

 彼女はフィントリッドが住むロアンの屋敷で頻繁に顕現しており、その時は一応目立たない為の配慮なのか、平民が着るような普通の服装をしていた。しかし、今は初めてエイクの前に現れた時と同じ純白のドレスを身に纏っていた。

 そして、いつも同様に冷たい美貌を見せている。


 フィントリッドの右側には10歳ほどに見える黒いドレスを着た女児がいた。

 耳が隠れる程度の長さで赤みがかった黒髪を整えているが、その頭にはミュルミドンたちと同じ形の触覚が生えている。

 触覚などという異物があってもなおその姿は可憐なもので、赤茶色のつぶらな瞳でエイクを見ていた。だが、その表情からは緊張を見てとることも出来た。

 立つ場所もマントに触れるほどフィントリッドに近く、彼に身を寄せているようだ。

 その様子は、力弱き女児そのものに見える。

 実際エイクが見ても、その女児は、少なくとも今この場にいる者の中では最もか弱い存在であるようだ。


 その更に右にもう1人女が立っている。

 外見上は20歳代中頃に見える、これもまた特別に美しい女だった。

 その女はストゥームヒルトと対を成すかの様な赤色を身に纏っている。

 肌は白かったが、緩やかに波打って長く伸びる髪は真紅で、魅力的な曲線を描く体のラインを際立たせるようなドレスも鮮やかな赤色だ。

 赤い手袋を嵌め、腰にはベルトを帯びてそこに短剣を佩いているが、その柄も鞘も赤かった。

 その女は切れ長の鋭い目つきでエイクを見ている。その瞳も鮮やかな赤色だ。

 その表情はこの場にいる者達の中でもっとも険しい。ほとんどエイクをにらみ付けていると言ってもいいほどである。


 その存在感は相当のもので、エイクはフェンリルのストゥームヒルトとほぼ同格であるように感じられた。

 つまり、今の自分では到底勝てないだろうという印象を持ったのである。

(戦士としての強さ、というよりは強力な魔物のような強さという感じだ。武器の扱いも相当出来そうだが、多分それ以上に身体能力が桁違いなのだろう)

 エイクはそんな印象を持っていた。


 テーブルのエイクから見て右側にも男女が1人ずつ立っている。

 そしてエイクは、その2人の事を凝視しないように己を強く律していた。

 その2人の方が、正面に立つ4人よりも更に驚愕すべき存在だったからだ。


 エイクから見て奥のほう、フィントリッドらに近い側に男がいた。

 その男はこの場にいる中では最も普通に見えた。

 40歳前後に見える人物で、魔術師が良く着ている茶色のローブを身に纏っている。

 その容貌は整っていると言えるだろうが、他に抜きん出て美しいというほどではない。黒髪を丁寧に撫で付けているが、それも平凡な印象を与えており、市井にいてもそれほどは目立たないだろう。エイクを見る表情も穏やかで、特別な印象を与えない。

 如何にも普通の魔術師といった印象だった。


 だが、エイクは、その男が普通に見える事に驚愕していた。

 その男から、怖気を奮うほどの、桁外れに強大なアンデッド特有のオドを感知していたからだ。


 エイクは、フィントリッドの城に近づいた時点でそのオドに気付いていた。

 だが、そのことで驚くことはなかった。最初にテティスからフィントリッドの事を紹介された時に、フィントリッドの配下には恐ろしく強大なアンデッドもいると聞いていたからだ。

 そのオドが、フィントリッドが重臣達と共に待っている部屋の中にあることを察した時にも、当然のことと思った。

 これほど強力なオドを持つアンデッドならば、フィントリッドの配下の中でも有数の実力者であって当然だからだ。


 しかし、実際に目にしたそのオドの持ち主が普通の人間にしか見えないことには驚愕した。

 化け物そのものとしかいいようがないオドを持つアンデッドが、まるで普通の人間のように振舞っている。それは、それだけで恐怖すら感じさせるものだ。

 普通に見える外見の皮一枚下は、悍ましい死にぞこないの化け物アンデッドである。アンデッドが見事に人間に擬態している。そう思えば嫌悪を伴う恐れを抱かずにはいられない。


 その男の左隣、エイクに近い方に女が立っている。

 これも非常に美しい女だった。歳の頃は20歳前後に見える。豊かに波打つ金髪が長く伸び、卵型の優しげな美貌を縁取っている。

 黄色を基調にしたドレスを身にまとい、明らかに魔法を帯びたペンダントを首から提げていた。淡く光る純白の宝玉の周りに銀細工で特徴的な装飾をあしらった豪奢なペンダントだ。

 その顔には、にこやかな笑みを浮かべており、最もエイクに対して友好的なように見える。


 しかし、エイクはこの女に対してこそ、最大の畏怖を感じていた。

 その身に宿すオドの強さが、桁違いだったからだ。

 この部屋にいる強者達の中でも、格が違うのである。


 エイクは最近オドの質や量も感知出来るようになっており、それをあわせてオドの強さと呼んでいたのだが、それは非常に大まかな感覚でしかない。

 例えば正面に立つフィントリッド達4人を見れば、他に比べて女児のものは弱いと分かるが、他の3人は大体同じ程度にしか感じられない。

 どれも間違いなく強大なオドではあるが、だいたい同じくらいとしか察せられないのだ。まだまだ、その程度の大まかな感覚なのである。


 だが、そのような大まかな感覚でみても、その机の右側に立つ女のオドは抜きん出ている事が分かる。主であるはずのフィントリッドと比べてすら、格が違うといえるほど強いのだ。

 その事は、この女の物理的な攻撃の威力と身体的な耐久力は、この部屋にいる者の中でも段違いで強いという事を意味している。


(攻撃の威力と耐久力に優れているというだけでは、強いと断言は出来ない。攻撃があたらなければ意味がないし、簡単に敵に攻撃を当てられてもいずれ負けてしまう。

 だが、この女はそんなでくの坊ではないだろう)


 エイクは、その女からも戦士としての強さというよりは、強大な魔物のような強さを感じていた。それもやはり、今の自分では勝てないほどのものだ。

(この場にいる者の中で、身体的な戦闘では多分この女が最強だ)

 エイクはそう判断した。

 そして、驚くべきものはそのオドだけではなかった。


(しかもあのペンダント、“言葉乱しの首飾り”で間違いない。とんでもない魔道具を持っていたものだ)

 “言葉乱しの首飾り”とは、それを装備した者を標的とした全ての古語魔法を、完全に無効化するという効果を持つ極めて貴重な魔道具だ。

 古語魔法による援護を受けられなくなる代わりに、古語魔法によって害を受ける事も一切なくなる。魔術師に対しては無敵になれる魔道具といってよい品物である。


(もし、この女と戦うなら、精霊魔法や神聖魔法を効果的に使う必要がある。と、そう思い込ませたいんだろうな)

 エイクはそんな事も考えた。“言葉乱しの首飾り”は、別に目に見えるところに装備しなくても良いからだ。

 隠して装備していても効果を発揮するのに、わざわざ誰からでも良く見えるところに、そうと分かるように装備する。それは、自分には古語魔法が効かないと宣言しているに等しい。


 当然、この女と戦おうとする者は、古語魔法が効かないことを承知の上で対処しようとするだろう。例えば、古語魔法が効かないなら他の魔法を使おう。といったように。

 そして、そのように対処しようとしてくるのが明らかなのだから、この女は、更にそれに対応できる策を用意しているはずだ。


(下手をすると、精霊魔法や神聖魔法を使うと、逆に不利になるような仕掛けがあるのかも知れない。こいつに対してはうかつに魔法は使えない。そして、身体的な戦闘能力は最強クラスだ。全く隙がない)

 エイクはそのように考え、強い畏怖を感じていたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る