第33話 隠し部屋の強敵
エイクは、次の目的地へ到着した。
そこは奥のほうに宝箱が置かれた部屋だ。
既に他の冒険者らによって探索がなされた後だったようで、その宝箱は開放されている。
だが、エイクの目的は宝箱ではない。彼は、宝箱を通り過ぎてその奥の壁の前に立った。そして、また壁面で作業を行う。
この部屋にも、隠し扉があるのだ。
エイクが作業を終えると、壁の一部が大きな両開きの扉と変わった。そして、奥の方に向かって開いていく。
エイクはクレイモアを抜き放ち、軽く息を吐いて気を引き締めてから、その扉をくぐり隠し部屋へと入った。
その部屋は、迷宮内にしては珍しく明かりがなく暗くなっている。
だが、完全な暗視能力を持つエイクは、問題なく奥まで見渡す事ができた。そして、エイクは部屋の奥に鎮座する強敵の存在を認めていた。
それは、身の丈2m半近くになる黒色の金属像のように見えた。
身体の幅は広く、全身に甲冑のような装飾が施されており、その両腕の先は鋭い刃になっている。
(オリハルコンゴーレム、それも確かに特別製で間違いなさそうだ)
エイクはそう確認した。
シャルシャーラから教えられた情報の通りだ。
新規発見区域の地下3階の隠し部屋にいる強敵。それこそがこのオリハルコンゴーレムなのである。
ちなみに、シャルシャーラが言うには、この隠し部屋とゴーレムの存在は迷宮攻略とは直接関係がなく、単純に強敵に勝てば特殊な宝物が得られるというだけのもの、なのだそうだ。
そして、シャルシャーラは隠し部屋の構造は知っていたが、ゴーレムの詳しい能力も、ゴーレムが守っている宝物が何なのかも知らなかった。
だから、エイクはこの戦いがどれほど危険なものになるか、また、勝った場合得られるものがその危険に見合うものなのかを把握していない。
しかし、エイクにはそんなことは関係なかった。強敵との実戦経験を積む事自体が目的だったからである。
しばらくすると、エイクの背後で扉が閉まった。だが、そのような仕掛けである事を承知していたエイクは慌てはしない。
エイクが立つ場所から、左右にそれぞれ2mほど離れたところに、青白い灯火のような光が灯った。そして更に、奥に向かって次々と灯っていく。
(強敵登場の演出か。芸が細かい事だ)
エイクはそう考えた。実際、遊戯の場として作られた迷宮では、そのような演出が行われることがよくある。
エイクは、その演出に見入ることなく、オリハルコンゴーレムや周辺への注意を怠らないようにしたまま後退して、隠し扉があった場所の脇に至った。
そしてまた、壁に向かって操作をして、隠し扉の制御盤を浮き上がらせる。
エイクは更にその制御盤にも文字を書き込んだ。オリハルコンゴーレムを倒す事が出来ない場合に、速やかに退却出来る様に予め扉を開ける準備をしたのだ。
エイクがその作業を終えた頃には、灯火はオリハルコンゴーレムの直ぐ近くまで到達していた。
そして、オリハルコンゴーレムの四方に大き目の灯火が灯って、その重厚な姿を鮮明に浮かび上がらせる。
すると、それに合わせて起動したかのように、オリハルコンゴーレムが両腕を左右に広げ、ドン、ドン、と足を二度踏み鳴らした。
そして、エイクの方に向かって移動して来る。
エイクも改めてクレイモアを構えなおす。
強敵との戦いが始まろうとしていた。
オリハルコンゴーレムが間合いに入った瞬間に、エイクが先手を取って渾身の力を込めて、クレイモアを右から左へと横薙ぎに振るう。
クレイモアは的確にオリハルコンゴーレムを捉えた。しかし、その刃がぶつかる寸前、クレイモアを弾こうとする力場が発生する。何らかの魔法の効果に違いない。
(何!)
エイクも驚きを隠せなかった。
それでも、当てることは出来た。だが、その威力は相当削られている。
(これが、特別製ということか、これは厳しいぞ!)
そう判断するしかなかった。
ただでさえ、オリハルコンゴーレムは恐ろしく防御力が高い。
その上攻撃を弾く魔法的な力場で威力を殺されては、エイクの攻撃ですら、まともなダメージはほとんど入らない。
実際、今の攻撃で与えたダメージは極めて軽微だ。新調したばかりの、より高威力のクレイモアを使って、渾身の力で攻撃しても、大したダメージは与えられていない。
オリハルコンゴーレムの反撃を上手くかわしたエイクだったが、勝利するのは難しいことを認めざるを得なかった。
もしこの力場が永続するならば、己の体力が尽きる前にゴーレムを倒す事はほぼ不可能だろう。
(だが、まだ逃げる状況ではない。俺は元々実戦経験を積む為にここに来たんだ。やれるギリギリまで、徹底的に戦ってやる)
エイクはそう決意を新たに、オリハルコンゴーレムへと挑みかかった。
それから数十分が過ぎ、激闘はまだ続いていた。
エイクは防御を優先して戦うようにしていた。防御を軽視して渾身の攻撃を放っても、それでもなお、まともなダメージを与える事が出来なかったからだ。
それならば、魔法の力場に時間切れがあることを期待して、徹底的に時間を稼ぐことにしたのである。
今のエイクには、防御を重視すれば、錬生術を使わなくてもオリハルコンゴーレムの攻撃のほとんどを避けることが出来た。つまり簡単にはマナも底をつくことはない。
エイクはそのような戦い方をしても、それでも優に百回以上の攻撃を当てていた。
だが、オリハルコンゴーレムには小さな傷がいくつか付いただけである。ほとんどの攻撃はかすり傷すらつけていない。
エイクは、「はぁ、はぁ」と大きな呼吸を繰り返している。体力は限界に近づきつつあった。
エイクも当然無傷ではない。
オリハルコンゴーレムの動きには、特に高度な技だの戦術だのはない。だが、とにかく単純に早い。エイクがいくら防御を優先しても、その全てを完全に避ける事は出来ない。
そしてまた、その攻撃は恐ろしく重く鋭い。一撃で受けるダメージは相当のものだ。
エイクは、受けたダメージを全て錬生術で治していたが、マナも底をつき、魔石もマナ回復薬も使い果たした。
オリハルコンゴーレムを守る力場はまだ健在だった。
(ここまでだ)
エイクはついにそう判断した。
まだ回復薬は残っているが、帰りで不測の事態が起こる可能性も考慮すれば、ここで使い切る事はできない。
エイクは速やかに隠し扉がある場所へと移動し、即座に扉を開く為の文字を入力した。
扉は予定していたとおりに開き始める。
エイクは追撃してきたオリハルコンゴーレムの攻撃を避け、隠し扉を潜り抜けた。
オリハルコンゴーレムが、隠し部屋の外に出てくることはなく、間もなく扉は閉まり、ただの壁と見分けがつかなくなる。
「はぁー、はぁー」
エイクは荒い息を繰り返しながら、今の戦いについて考えていた。
(もっと、一撃の威力を高める事を追及しておくべきだった)
それが、とりあえずのエイクの答えだった。
(オドを取り返した後、俺は自分の攻撃の威力が足りないと思うことはなかった。だが、実際には十分ではなかったんだ。
敵の攻撃を弾いて威力を弱める魔法は、極めて高度で使い手も少ないが、現代にも伝わっている。
父さんを殺した双頭の虎には、恐ろしく強力な魔術師が関わっているんだから、攻撃の威力を弱める魔法が使われることは想定しておくべきだった。
予めそのことに思い至らないとは。我ながら間抜けだ)
エイクはそう考え、己の至らなさを恥じた。
(だが、実際に双頭の虎と戦う前に、そのことに気付けたのはよかった。
実際に対峙した時に、想定しないまま、そんな魔法が使われたら太刀打ちできない。
だが、想定できたところで、対応は難しいな。
魔法なら、古語魔法の“魔法解除”の呪文で解除を試みる事は出来る。しかし、シャルシャーラに“魔法解除”を使わせるにしても、その魔力が敵の術師よりも弱ければ簡単には解除できない。
それにそもそも、そうなった時にシャルシャーラがその場にいるとも限らない。
自力で、力場ごと粉砕できるほどの威力が必要だ……。
しかし、それを実現するのは、相当厳しい)
エイクはそう考えた。
エイクは今の自分は、攻撃の威力だけなら、かつての父ガイゼイクにも匹敵するものになっていると感じていた。これ以上の威力を得るのは生半可な事ではない。
もちろん、それを目指して地道に鍛錬を積み重ねるつもりだが、何か尋常ではないやり方で、高威力の一撃を放つ方法も考えた方がいい。
エイクはそう思ったのだった。
(しかし、オドを取り戻した直後よりも大分強くなれたことは確認できたな。
もし、俺がバフォメットと戦った頃と同じ程度の強さだったなら、ここまで持ちこたえる事はできなかった。
剣の腕が上がった実感はないが、強くなった体の使い方に慣れたというか、攻撃も回避も前よりも上手くこなせている。それに耐久力に関しては、目に見えて確実に向上している)
エイクはまた、今の自分成長についてそんな実感を持った。
オリハルコンゴーレムの攻撃は、単純な分バフォメットの攻撃よりは避けやすかった。しかし、一撃の威力はバフォメットよりも強い。
もし、自分の強さがオドを取り戻した直後と同じ程度だったならば、これほどの長時間戦い続ける事は出来なかっただろう。エイクはそう判断していたのだった。
と、そんな事を考えている時に、エイクは気になるオドの動きに気付いた。
それは、下の方、恐らく地下4階で起こったものだ。
以前から狭い範囲にまとまって存在していた数十ものオドが、迷宮内を動き回っていたオドを追いかけるようにして動いている。
(誰か冒険者が、魔物の群れの罠に嵌って、大量の魔物に追いかけられている)
エイクはそう判断した。
エイクが意図したとおり、初日から地下4階へ進んだ冒険者達も少なからず居たのである。
そのうち、そのオドは上の方へ上り始める。地下3階への階段を上っているのだろう。
(この階に来る。しかも、さして遠くない)
それを知ったエイクは、体力がつきかけている自分の状況を思って、どこか安全な場所に避難しようと考えた。
しかし、その考えを直ぐに振り払う。
(俺は実戦経験を積む為にここに来たんだ。少し苦しいからといって逃げていたのでは、経験にならない。
不測の事態ではあるが、これは俺を狙いうちにした罠ではない。対処できないと決まったわけではないんだ。むしろ、逃げるどころか挑むべきだ。
状況を確認して、勝てる可能性があるなら戦う、無理なら、それから逃げればいい。これからもそうやって戦うと決めていただろう)
そう考えるのと同時に駆け出していた。
エイクは、魔物たちが上っていると思われる階段の場所と、追われている者が迷宮から逃げ出そうとした場合に通るだろう経路、そして自分が今いる場所を考え、シャルシャーラから教わった罠の場所を把握している通路を使って魔物の進路へと向かう経路を見出していた。
未知の通路を駆けて無様に罠に嵌るようなことにはならないで済む。
それを確認したエイクは、新たな敵との実戦を求めて、迷宮を駆けたのだった。
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