第34話 魔物の行進①
迷宮を全力で駆けるエイクは、魔物のものと思われるオドと、自分との距離がみるみると縮まってゆくのを感知していた。多くのものが走る音も聞こえはじめる。
(多分、この先の広間でぶつかる)
エイクはそう予想した。
その広間はかなり大きなもので、四方に向かって広い通路が延びている場所だった。
エイクが走っているのはその通路の1つだ。エイクから向かって左側から広間に合流する通路が地下4階への階段から続くもので、今まさにその通路を魔物と魔物に追われていると思われるオドが動いている。
その反対側、エイクから向かって右側の通路が、新規発見区域と既知の区域とを分ける扉の方に伸びている。
魔物たちは、全体で一塊にはなっておらず幾つかの小集団毎に動いている。移動速度の違いから、自然にそのように別れたのだろう。
エイクが感知した限りでは、最初にその魔物の群れの罠を発動してしまった者たちは既に魔物に追いつかれて死んでおり、それでも終わらなかった魔物の行進に巻き込まれた者達が逃げているようだ。
しかし、その逃げている者達と思われるオドが、広間に駆け込んだのとほぼ同時に、魔物と思われるオドも広間に入り込む。ちょうどそこで追いつかれてしまったのである。
その時エイクも、間もなく広間に到達できるところまで来ていた。そこで、前方から声が聞こえた。
「急げ! ジョゼフ」
エイクは、その声に聞き覚えがあるような気がした。
エイクが聞き覚えがあると思った声の主は、昨日武器屋でエイクに声をかけてきた、ノーザンという名の冒険者だった。
ノーザンは、その時引き連れていたニコラという名の若い男を背負って、必死になって魔物たちから逃げていた。
彼は、エイクが想像したような悪人ではなく、むしろ、どちらかといえば善人だった。
だが、未発見区域発見の情報に引かれて、未熟な新人を引き連れている状況で、そこに立ち入ってしまう程度に愚かだった。
そして、不注意によって足に怪我を負ったその新人を背負って引き返そうとしている時に、魔物の行進に巻き込まれてしまう程度に不運だった。
それでも、ノーザンはニコラを見捨てようとしていない。仲間達には先に行けと告げ、自身はニコラを背負ったまま走った。
ニコラを心配した姉のテレサはノーザンたちの共に逃げている。
他にもう1人、地下4階への階段の近くで魔物の行進に巻き込まれた若い女剣士が、負傷者を背負ったノーザンを援護すると申し出て、一緒に走っていた。
だが、彼らは一行の中で最後尾ではなかった。
ノーザンの仲間の、全身を重装備に包んだジョゼフという男が、彼らの少し後ろを走っている。
その後ろからは、雷鳴のように轟く蹄の音が響いていた。
ジョゼフが、広間に走りこむのとほぼ同時に、彼の頭上を3体の巨大な蝙蝠が通り抜けた。
その瞬間に、バチバチ、という音がして、ジョゼフに向かって火花が散る。その蝙蝠は、古代魔法帝国の魔術師によって電撃の能力を付与された魔獣、ライトニング・バットだった。
ジョゼフは足をもつれさせ、広間に少し入ったところで倒れた。
先行していたノーザンたちは、広間の反対側の通路の近くまで来ていた。ノーザンはそこから振り向いて叫ぶ。
「急げ! ジョゼフ」
エイクが聞いたのはこの声だ。
ジョゼフは慌てて立ち上がり、更に少し前に進んだ。
しかしそこで「ヒヒ~ン」という巨大な嘶きが聞こえ、蹄の音の主が広間に現れた。
それは体高2mにもなろうかという巨大な馬だ。その額にはねじくれた角が左右に並んでに2本生えている。
幻獣ユニコーンを元に、古代魔法帝国の魔術師が作成したといわれる魔獣、バイコーンだった。その角には、ユニコーンと逆に命を蝕む呪いが込められている。
最早逃げ切れないと悟ったジョゼフは、バイコーンの方に向き直りつつノーザンたちに向かって叫んだ。
「先に行け! 少しでも足止めをする」
そして、両手で手にしたヘビーメイスを握り締めた。
「馬鹿をいうな!」
ノーザンが叫び返したが、バイコーンはそれ以上彼らが相談する時間を与えなかった。
頭部を深く下げ、2本の角をジョゼフの方に向けて、そのまま一気に突進したのだ。
ジョゼフは真っ直ぐに突進してくるバイコーンの動きを見定め、ヘビーメイスを振り下ろした。
バイコーンは、その攻撃を避けようともしない。
ヘビーメイスは、バイコーンの頭部を打った。
しかし、次の瞬間弾き返されてしまう。バイコーンはほとんどかすり傷しか負っていない。
ジョゼフは驚愕し、目を見開らく。そしてほぼ同時に、バイコーンの2本の角はジョゼフの板金鎧を正面から貫き、その胸を貫通した。
「ごぼっ」
そんな音と共に、ジョゼフは大量の血を吐く。
「ジョゼフ~~」
ノーザンが仲間の名を叫ぶ。
バイコーンは、そのまま頭部を振り上げ、そして振り下ろす。ジョゼフは、その動きによって床に投げ捨てられた。その時点で、彼は既に死んでいた。
エイクが、広間に着いたのは、ちょうどジョゼフの死体が床に転がった時だった。
「も、もう駄目だ」
ノーザンはそう言うと、背中でニコラを支えていた手を離す。
「うわぁ!」
そんな声をあげてニコラはノーザンの背からずり落ちた。
そしてノーザンは、最早ニコラに目を向けることもなく、通路へと逃げた。彼はどちらかと言えば善人だったが、その善意は無限ではなかった。
「ニコラ!」
そう叫んでテレサが弟に駆け寄る。
「何ということを!」
女剣士もそう告げてその場に踏みとどまった。
エイクの心に、助けなければ、という思いと、他人など関係ない、という思いが同時に湧き起こる。だが、エイクはその両方を共に心中から振り払った。
(俺は実戦経験を積む為にここに来たんだ。勝ち目があるなら戦い、ないなら逃げる。
その結果、周りにいる人間が助かろうが死のうが、どっちも関係ない。
そして、この敵は勝てる相手だ!)
そう考えて、エイクは切先を前にしたクレイモアを腰だめに構えて、バイコーンへ向かって走る。
バイコーンはエイクに気付き、エイクの方に向き直ろうとした。だが、その前にエイクが突き出したクレイモアが、横からその腹に刺さった。
エイクはそのままクレイモアを下に向かって押し、バイコーンの腹を切り裂いた。
大量の血が噴き出す。
甚大なダメージのはずだ。しかし、バイコーンは動きを止めず、大きな嘶きを発して首を振り、エイクを角で打とうとする。
エイクは大きく飛びずさって距離を取り、その角をかわした。
バイコーンは、頭を下に向けて角をエイクに向けた、ジョゼフを串刺しにした突進を敢行するつもりだ。
だが、エイクはバイコーンがそう動くだろうと読んでいた。
飛びずさったエイクは、膝を曲げて絶妙に着地すると、その反動を生かして床を蹴り、即座に前進する。
そして、無防備に下げられたバイコーンの首の右側に走りこみつつ、思い切りクレイモアを振るう。
クレイモアは、狙い過たず鬣の辺りでバイコーンの首を捉える。エイクはそのまま渾身の力を込めて振り切って、その首を両断した。大量の血を噴出しながら、バイコーンの頭が床に落ちる。
エイクは、間髪を入れずクレイモアを振り上げた。
その軌道の先には、エイクを狙って近づいて来ていた2体のライトニング・バットがいる。エイクのクレイモアは、一撃でその2体を切り裂いた。
一拍おいて、頭を失ったバイコーンの体が倒れた。
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