第31話 行商人との会話②
アルストール・トラストリア公子は反ルファス公爵派の旗頭になっている。
反ルファス派の者達は、事あるごとにアルストール公子の功績を喧伝したいと考えているようだ。
なので、その一環として、吟遊詩人に公子の詩を歌わせているのかもしれない。
特に公子は、つい最近まで一小隊長としてこのサルゴサの街に駐留していた。だから、地元ともいえるこの街で、公子の評判を高めようとするのは自然な行為と思われる。
しかし、エイクが見た限りでは、公子の勲を聞く聴衆たちは心底からそれに聞き入り、或いは熱狂し、公子を英雄視しているように見えた。
聴衆達の方が、公子の活躍を聴く事を望んでいるようだったのである。
「そうですね。公子様はいくつもの功績を挙げられていますので、この街の多くの者は公子様の事を心から敬愛しています」
ムラトはそう答えた。
喧伝されているアルストール公子の功績は虚像ではなく、実際に数々の活躍もしていた。エイクもその事を情報として知っている。
エイクはその活躍の中の一つの例を挙げた。
「この街の近くでの功績といえば、一昨年に大量発生したアンデッドを退治したこととかですか?」
「そうですね、それが一番大きなご活躍です。
ですが、それだけではなく、軍の仕事以外でも、公子様は多くの住民を助けてくれています。
無償でいくつもの問題を解決してくれているのです。あの方は本当にご立派です」
そう告げるムラトの様子も、若干熱を帯びているように見受けられる。
(公子の、この街での人気取りは成功しているということかな)
エイクはそう思った。
そして、これは重要な事なのかもしれないとも考えた。多くの冒険者達も公子を褒め称えていたからだ。
冒険者達は相応の戦闘能力を持っており、戦力となりえる者達だ。
もちろん、いくら人気があるからといって、アルストール公子の私兵にまでなる者は滅多にはいないだろう。
だが、仮にエーミール・ルファス公爵とアルストール公子のどちらに味方するかを選ぶ状況になれば、この街の冒険者達の多くは恐らくアルストールを選ぶと思われた。この意味は小さくはない。
(それにこの街の迷宮管理部局は内務局の管轄下にある。内務大臣のキルケイト子爵は反ルファス派の大物だ。その影響力も大きいだろう。
軍務局の管轄になっている守備隊はともかくとして、それ以外のサルゴサの街の住民と冒険者は、実質的に反ルファス派の影響下にあるとみてもいいのかもしれないな)
エイクがそんな考察を進める間にも、ムラトはアルストール公子を誉めそやしていた。
「公子様やそのお仲間の方々は、偉ぶることもなく民の言葉に耳を傾けてくれます。素晴らしい方々です」
ムラトの言葉には、実感がこもっているように感じられた。まるで直接知っている者の事を語っているかのようだ。
エイクはその事を確認してみた。
「ひょっとして、アルストール公子と面識を持っているのですか?」
「いえ、さすがに公子様と直接会った事はありません。
ですが、公子様のお仲間である戦士の方と知己を得ていまして、公子様の事をよく聞かせてもらっているのです」
「そうなんですね……。
……しかし、そういう伝手があるなら、チムル村が妖魔に襲われそうになった時、アルストール公子に討伐を依頼するという手もあったのではないですか?」
エイクはそんな疑問を口にした。
チムル村は端とはいえ王都の管轄範囲にあるので、サルゴサに駐留するアルストール公子が軍の任務としてチムル村を助けるのは軍規違反だ。
だが、任務以外の行動として無償で民を助けているというのが事実ならば、妖魔退治を引き受けてくれた可能性はあるはずである。
少なくともムラトの口ぶりを見る限り、ムラト自身はアルストールはそのような事を行う人物だと信じているのは間違いないだろう。
それなら、娘の身売りを前提として冒険者を雇おうとするより先に、アルストール公子に助けを求めてみようと考える方が自然なのではないだろうか。エイクにはそう思えた。
ムラトがエイクの疑問に答える。
「あの時は、公子様とそのお仲間の方々は、サルゴサを離れていて、もうしばらくは戻らない予定だったのです。サルゴサの街を出てチムル村に着いたところだった私は、その事を知っていました。
状況を考えれば、公子様がお戻りなるのを待つ余裕がないのは明らかでした。
ですので、王都で冒険者の方を雇うのが最善の行動だと、私も思ったのです」
「……なるほど。そうですか……」
ムラトのそんな説明を聞き、エイクはあることを連想した。そして、それに関することを尋ねた。
「そうすると、もし私が妖魔退治に失敗した場合は、その後にでも、アルストール公子に救援を頼むことになったのでしょうか?」
「エイク様にご依頼した以上、失敗するなどということはありえません。
ですが、もしも他の方にお願いして、その方が失敗してしまった場合には、最早公子様を頼るしかないと思ったでしょう。
多分その頃には公子様もお戻りになっていたでしょうから」
(……そうか、そうすると、あの時の本当の主人公は、アルストール公子だったのかも知れないな)
ムラトの答えを聞いて、エイクはそんな事を思った。
あの妖魔退治の時に、もしこれが“運命のかけら”と呼ばれる、一部の神々が考えた“筋書き”が作用した出来事ならば、自分は主人公登場前に、敵の強さと残虐さを際立たせる為のやられ役なのではないか。と、そう考えたことを思い出したからだ。
(例えば、そうだな。
敵はゴブリンロードだと思った、そこそこ腕利きの冒険者があの依頼を受ける。
ところが、本当の敵はドルムドという名の強力なトロールだった。
ドルムドは腕利きの冒険者すら容易く殺して、チムル村を占領する。そして、村は悲惨な事になる。
王都で村長達と別れていたムラトが、依頼が失敗に終わったことを悟って、アルストール公子の仲間だという知り合いの戦士に泣きつく。
そこで公子が解決に乗り出して、凶悪な恐るべき敵だったドルムドを討ち取って村を開放する。
しかし、村に大きな被害が出ることを防げなかった事に、アルストール公子は深く心を痛めたのだった。
なんて、そんなところだろうか? 厳しめな筋の物語なら、そんな一節もありそうだな。
チムル村にはレナという美しい娘もいた。だから、彼女が本当に身売りしていたとしても、何からの理由で村に帰っていたとしても、どちらにしても悲劇性も強調できる。おあつらえ向きだ)
エイクはそんな想像をした。
(もしも、本当にあの出来事に、そんな“運命のかけら”が作用していたなら、俺が、自分の実力でそれを覆して、アルストール公子から主人公の座を奪ってしまったことになるな)
そして更にそんな想像を重ねて、エイクは気分を良くしていた。
エイクは、“伝道師”から、この世界に“運命”はないが“運命のかけら”はある。
しかしそれは、かけらに過ぎないから己の実力で覆すことが可能なのだ。という話を聞いた時から、実力で運命のかけらを覆すことが出来るようにならねばならないと思っていた。
そんなエイクにとって、実際に運命のかけらを覆したのかも知れないという想像は、痛快だった。
(まあ、そんなことは誰にも証明できないことだ。そんな想像をした結果また慢心しないように気をつけないとな。
だが、愉快な想像を楽しむくらいの事は構わないだろう)
エイクはそんなことも思っていた。
やがて食事を終えた後、ムラトは、酒でもどうかとエイクを誘った。しかし、エイクは明日も早くから活動したいから、と告げてそれを断った。
しつこく誘って不興を買っては本末転倒を思ったのか、ムラトも簡単に引き下がる。
そうしてムラトと別れたエイクは、予め用意していた宿へと速やかに向かった。
エイクは、寝る前にしっかりと鍛錬をして、新調したクレイモアを手に馴染ませようと考えていた。
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