第30話 行商人との会話①
一通り武器屋を回ったエイクは、一振りの剣を購入した。
それは、形状は今まで使っていたのと同じクレイモアと呼ばれる長剣だが、最高品質の硬鉄鋼を素材としており、耐久性も威力も以前のものよりもかなり勝っている業物だった。
なお、その剣は手持ちの金で購入できる値段ではなかったので、エイクは予定通りシャムロック商会から預かっていた紹介状を使うことにした。
ところが、紹介状を見た店主は、御代は必要ないとエイクに告げた。
エイクが買う武器の費用は、全てシャムロック商会が負担すると書かれていたのだそうだ。
シャムロック商会に思わぬ借りを作ることにエイクは躊躇いを覚えた。
しかし、結局その申出を受けることにした。元々シャムロック商会との関係を深めようとも考えていたからである。持ちつ持たれつの関係になるのも悪くはないだろうと思ったのだ。
ちなみに、今まで使っていたクレイモアは下取りに出している。
そうして、新たな武器を入手したエイクは、防具屋を回るのは明日にして、どこかで適当に夕食をとることにした。
武器屋を回る間に気になる料理屋がいくつか目についていたので、その中のどれかに入ろうと思ったのだ。
すると、どの店にしようかと考えているエイクに、声をかけてくる者があった。
「エイク様、エイク・ファインド様ではありませんか?」
エイクが声がした方を向くと、そこに居たのは商人風の服装をした男だった。その顔には見覚えがある。
(確か、ベニートさん達と一緒にいた……)
と、エイクが記憶をたどる前に男が名乗った。
「チムル村のベニート村長と一緒に、妖魔討伐の依頼をさせていただいたムラトです」
「一瞥以来ですね」
エイクもムラトのことを思い出してそう答えた。
ムラトは、以前エイクに妖魔討伐を依頼したチムル村を顧客とする行商人だ。
彼はチムル村が妖魔に襲われそうになった時に村に居合わせており、ベニート村長が冒険者を雇う為に王都へ行くのに同行し、エイクに依頼をする場にも同席していた。
だがエイクが依頼を受けた後、ムラトはエイクらがチムル村に向かうのには同行せず、王都で別れた。
ムラトには王都で用事もあったし、そもそも、ただの行商人に過ぎないムラトに危機に陥った村に戻る義理はない。更に言えば、仮に一緒に戻ったところで、守るべき対象が1人増えてエイクが迷惑するだけだ。
そんなことは誰にでも分かることだったので、ベニート村長らも何のわだかまりもなく、むしろここまで付き合ってくれた事に感謝の言葉を述べてムラトと別れていた。
それ以来エイクとは顔を合わせた事がなかったムラトが、このサルゴサの街で声をかけてきたのである。
「しかし、珍しいところで会いますね」
そう言うエイクにムラトが答える。
「いえ、私はこの街に小さな家を持っていまして、むしろこの街が本拠地です。
そして、王都アイラナと行き来しつ付近の村々を回って商売をしているんです」
「なるほど」
「あの妖魔退治の折は本当にありがとうございました。私も心より感謝しております。
どうでしょう、よろしければ夕食など振舞わせてください」
「折角ですが遠慮しておきます。
私は依頼人の方から、依頼完了後に追加で何かをいただくのは良くないことだと思っていますので」
「それは、すみません。返って失礼な事を申しました。ですが、是非夕食をご一緒させてもらえませんか。
いい店もいくつか知っておりますので、ご案内します」
「夕食をとる店はもう決めているんです」
「では、是非そこにご一緒させてください」
エイクはそれ以上断る理由を、とっさに思いつかなかった。
「……それは、別に構いませんが」
エイクはそう答えた。
そうしてエイクは、この一度顔を合わせた事があるだけの人物と、夕食を共にすることになったのだった。
エイクは目を付いていた料理屋の一つにムラトと共に入り、適当に料理を注文する。
そして、ムラトに話しかけた。
「それにしても、偶々私がこの街に来た時に会えるとは、良くした偶然もあったものですね」
「ああ、すみません。実は偶然というわけでもないんです。
エイク様がこの街に来ているという話が一部で噂になっていまして、お会いできればと思って冒険者の方が足を運びそうな店の近くを回っていたんです。
前から是非一度改めてお礼を言いたかったのですが、エイク様のお屋敷にまで押しかけるのも逆に失礼ですし、依頼でもないのに冒険者の店まで行くのも、ご迷惑かと思っていたのです。
ですので、この街でお会いできればちょうど良いと思って、エイク様をお探ししていました」
「それはわざわざ、ありがとうございます」
エイクはそう答えた。そして(まあ、そういう事もあるか)と考えた。
ベニート村長からチムル村救援の依頼を受けた頃に比べて、エイクはかなり名を売っており、それなりの有名人になっている。
かつて知り合った相手が有名人になったなら、過去の伝手を使って少しでも関係を強くしておきたい。商人ならそう考えてもおかしくはないだろう。
エイクは、偶然の再会が何らかの作為によるものである可能性も考慮し、若干警戒していたのだが、警戒の度合いを少し下げた。
(まあ、折角知り合いに会えたんだ。街のことを少し聞いてみるか)
エイクはそう考え話しを続けた。
「ところで、この町ではアルストール公子が随分人気なんですね。何人もの吟遊詩人が公子を讃える詩を歌っているのを目にしました」
エイクは、街を回る中でその事に気付いていた。
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