第5話 孤児院との関係①
朝方、エイクは1人で“大樹の学舎”へと向かった。バルバラに謝罪するためだ。
エイクは、自分がゴルブロと直接戦う事を望んだ結果、“大樹の学舎”を危険に晒してしまった事をバルバラに説明し、謝罪をしなければならないと考えていた。
このことについてアルターは、エイクが気に病むようなことではないと述べていた。
むしろ、アルマンドがバルバラに恨みを持っていたという、“大樹の学舎”内部の問題にエイクを巻き込んでしまい、こちらこそ申し訳がない。
バルバラも同じように考えており、エイクに謝りたいと思っている。アルターはそのようにエイクに語っていた。
それでもエイクは、それはそれとして自分も謝罪すべきだと考えた。そして、バルバラと今後の事を話し合いたいとも思っていた。
そのためエイクは、自分から“大樹の学舎”を訪れて、バルバラと話をすることにしたのである。
“大樹の学舎”の敷地の入り口近くにバルバラが立っていた。エイクを待っているようだ。
(いったい、何時から待っていたんだ?)
バルバラの姿に気付いたエイクは、そう考え心苦しさを感じた。
エイクは、訪問の予定を朝方としか伝えていない。恐らくバルバラは、かなり前からエイクの到着を外で待っていたのだろう。
エイクは足早に“大樹の学舎”に近づいた。
エイクが近くまで来ると、バルバラはおもむろに跪いて頭を地面近くまで下げ、そして謝罪の言葉を述べる。
「アルマンドのこと、誠に申し訳ありません。私が至らないばかりに…」
「やめてください、バルバラさん」
その、あまりに大げさな謝罪の態度に驚いたエイクは、慌ててその言葉をさえぎり、片膝を付いた姿勢になって、バルバラの肩を両手で掴んで、その上体起き上がらせた。
「あっ」
バルバラの口からそんな声が漏れた。
エイクは乱暴にならないように気を使ったつもりだったが、その行動はバルバラにとっては強引なものだったようである。
「すみません」
エイクはそう言って手を放した。
「いえ、こちらこそ、申し訳も…」
「とりあえず、どこか落ち着ける場所で話しましょう」
エイクは、なおも謝罪の言葉を述べようとするバルバラをさえぎってそう言った。
“大樹の学舎”がある場所は、廃墟区域に近く民家もまばらで、通行人の姿は見られない。
しかし、バルバラとエイクの様子を見ている孤児達は何人かいたし、そもそも相手を跪かせて話をする事自体が問題だ。
そう思ったエイクは、ともかく場所を変えてもらおうと考えたのだ。
「……それでは、私の私室にご案内いたします」
「お願いします」
エイクはそう応じた。
案内された部屋には机と椅子が一脚ずつ置かれていた。
跪かれては落ち着いて話せないというエイクの言葉に従って、バルバラはその椅子に座り、エイクは他の部屋から持ち込んだ椅子に腰掛けた。
目立つ装飾はない部屋だったが、机の上には20cmほどの大きさの、上を指差す男性像が置かれている。大教室にも置かれていたアーリファ神の像だ。この部屋にはハイファ神の像はなかった。
だが、エイクにはそれよりも気になってしまっていることがあった。
それは、エイクとバルバラが座っている直ぐ近くに、寝台があることだ。
バルバラの私室は、寝室を兼ねるものだった。
バルバラは、改めて口を開いた。
「アルマンドの叛意は全て私の至らなさの結果です。そのためにエイク様に害をもたらしてしまったのは私の罪です。いかなる罰も甘んじてお受けします。
ですが、私には子供達を世話する義務もあります。願わくば、子供達の面倒をみるのに支障が生じることはご容赦いただければ幸いです」
そう言ってバルバラは頭を下げた。
「……」
エイクは、そんな本当に刑の宣告を待つ罪人のように見えるバルバラの姿を、しばらく無言で見入ってしまっていたが、やがて口を開いた。
「……いえ、私はあなたに罰を与えるなどという立場にはありません。そういう言い方はお願いですから、やめてください。
それに、私の方こそ、皆さんを危険に晒してしまいました。謝るのはこちらの方です」
「とんでもありません。エイク様が私達に責任を感じることなど何もありません。
あの盗賊たちが大勢でここを狙うなど、予期できる事ではありませんでした。それに、そもそもエイク様にはここを守る義務や責任はないのですから」
「それなら、アルマンドの裏切りも予期できない事でしたし、あなたに私を守る義務も責任もありません。ですから、この件はお互い様という事にしておきましょう」
「そのような訳にはまいりません。
それにゴーレムを用意していただいたご恩もあります。あのエイク様のお心遣いがなければ私も子供達も殺されていたでしょう。エイク様は命の恩人です。ゴーレムの材料を用意するのにかかったお金だけでも大変な額になります。私はこのご恩にも報いなければなりません。
ですが、罪を贖うにしても、恩に報いるにしても、私に自由できるのは、この体ひとつと、今までに身につけた知識と技能だけです。この上は、私もエイク様にお仕えしてご恩返しに励みたいと考えています。
アルターさんや子供達たちは、エイク様からの給金の多くを学舎のために使って欲しいと言ってくれています。そうすれば人を雇う事も出来ますし、私も付きっ切りでここにいる必要もなくなり、エイク様にご奉仕する時間も取れると思います」
バルバラはそんな提案を口にした。
(……。いや、まあ、確かにそれが正解かもしれないな)
エイクはそう思った。それはエイク自身も考えていた事だった。
ゴルブロとの一件を少し調べれば、エイクがかなりの費用と労力を費やして“大樹の学舎”を守ろうとしたと、誰でも判断するだろう。
それは、“大樹の学舎”がエイクの弱みになると思われてしまった事を意味する。
となると、エイクと敵対する者が“大樹の学舎”を襲う可能性は今後もなくならない。
どうせそんなことになってしまったならば、いっそのこと、はっきりとエイクの傘下に入れてしまった方が良いようにも思える。
エイクがそんなことを考えているうちに、バルバラが話を続けていた。
「ですが、エイク様に仕えさせて欲しいとお願いする前に、私の思想についてご説明しなければならないと思います」
「思想ですか?」
「はい。私がある種の思想に基づいてこの孤児院を設立した事はご存知かと思います。
私はその思想を、ハイファ神の教えとアーリファ神の教えを掛け合わせたものと説明しています。
そして実際の行いは、ハイファ神の教えの内、己を鍛えるという部分を一般よりも強調しているに過ぎないように見えるでしょう。
しかし、私の真意は違います。
人はどう生きるべきかという問いへの、私の回答は、アーリファ神の行いこそ最も尊いものであり、これに倣うべきだ、というものなのです」
「それは……、アーリファ神の異端信仰……?」
エイクは思わずそう呟いた。
一般に愚行とされている暗黒神アーリファの行い、即ち、闇の担い手達への能力の付与と妖魔の創造のために、己の力を使い果たしてしまったというその行いを、尊い自己犠牲と認識してアーリファ神を尊崇する者もいる。
そんなことをエイクに教えたのはアルターだった。
そしてエイクは、それがアーリファの異端信仰と呼ばれていることを知っていた。
「正しくは、信仰とはいえないでしょう。何しろアーリファ神の教えとは全く相反しているのですから。ですが、確かにアーリファ神はそのような行いをしています。
アーリファ神がなぜ己の説く教義と相反する行いをしたのか、その真意は分かりません。しかし、十大神の一柱という至高の力を持ちながら、その全てを他者のために使ったという行為に、私は究極の価値を見出しているのです。
私はこの考えに何ら問題はないと思っています。ですが、暗黒神を尊崇するという行為を良く思わない方も多いでしょう。それが分かっているので、私は自分の真意を公にしていません。
私がエイク様にお仕えするようになった後、私の思想が表ざたになればエイク様にもご迷惑をおかけしてしまうかもしれません。
そんな面倒事を抱えている我が身ですが、それでも、願わくば、エイク様にお仕えして贖罪とご恩返しに励む事をお許しください」
バルバラは、そんな事をエイクに告げた。
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