第6話 孤児院との関係②
(なるほど、だから鍛錬を積む事と他人に尽くすことを重視しているわけか。だがまあ、大した問題ではないな。わざわざ申告することすら大げさだ)
バルバラの言葉を聞き、エイクはそう思った。
バルバラが語ったその思想というものは、平たく言ってしまえば、アーリファ神を尊敬してその行いに倣う、というものに過ぎない。
そして、それだけなら特に咎められるような事でもない。何しろこの国では、正真正銘の闇信仰ですら、信仰しているだけなら罪には問われないのだから。
確かに、暗黒神を尊敬するという考えを快く思わない者は多いだろう。
しかし、その程度の事は、エイクにとっては今更である。我が身を顧みれば気にするほどの事でもない。
エイクはその考えをそのまま口にした。
「その程度の事は気にしません。
……それで、私に仕えるというのは、孤児院の運営に支障がない範囲で、私の命令に従うという事でよいのですか」
エイクはそう確認した。
「はい。私も子供達への責任を放棄する事は出来ません。ですが、それさえ守れるなら、いかなるご命令にも従います」
「……分かった。その申し入れを受ける。
今後は、孤児院に支障がない範囲で俺に仕えてくれ」
「ありがとうございます。これからは、この身をいかようにもお使いください」
エイクは意図的に口調を変えてそのように告げ、バルバラは深く頭をさげて答えた。
エイクは眼前で深々と頭を下げるバルバラの姿をしばらく黙って見ていたが、しばらくしてから声をかけた。
「……顔を上げてくれ」
「はい」
その言葉に素直に従って頭を戻したバルバラに、エイクが更に告げた。
「それじゃあ、早速頼みたいことがある」
「何なりとお申し付けください」
「とりあえず、子供達の為にあった方が良い物や、俺に手助け出来る事をまとめて、教えて欲しい。直ぐには無理だが、ある程度の支援をしたい」
「え? ご支援?」
バルバラはそんな疑問の声をあげた。
「そうだ。何か子供達の利益になることをしたいと思っている」
「そんな、いけません。
今ですら、どれほどご奉仕しても返しきれないほどのご恩を受けているのに、これ以上援助をしていただくなど、許されません」
「お前の気持ちではなく、子供達のことを考えてほしい。
俺と深く関わる事になったせいで、俺の敵がここを狙う可能性が高くなってしまった。要するに子供達が危険に晒されることになってしまった。
その危険を取り除くことは俺には出来ない。今更ここは俺とは関係ないと言っても、敵はそれを信じないだろうし、俺の今の実力では自分ひとりの身さえ守れるとは限らない状況だからだ。
それならせめて、俺と関わった事で子供達は何か利益を得るべきだ。そうでなければ、子供達は何も得ることなく、危険だけ背負い込む事になってしまう。それはしのびない」
「……」
バルバラは沈黙した。
エイクは、子供達のためと言えばバルバラは簡単には断れなくなるだろうと予想していたが、その通りだった。
だが、エイクがそのような提案をしたのは、実際には子供達のためではなく自分のためだ。
エイクは、今後この孤児院が敵に襲われ、バルバラや子供達が犠牲になった場合に、どうすれば自分が動揺せずに済むか、という事を考えてそのような提案をしたのである。
エイクは自分の行いの為に“大樹の学舎”が危険に晒されたと気付いた時に、罪悪感を持ち、動揺した。しかし、後になってそれは失敗だったと考えた。罪悪感など持つべきではなかったと思ったのである。
それは、かつて“伝道師”によって教え込まれた、他人に価値はないという価値観に基づく判断だった。
他人に価値などないのだから、他人が自分のせいで傷つき死んだとしても、罪悪感など持つべきではない。
それによって動揺し、失敗をする確率を高めるなどもってのほかである。
他人が傷つくことなど、一切気にしない人間になるべきだ。そのような者こそが強き者なのである。それが“伝道師”の教えだった。
そしてエイクはそれが正しいと思っている。
しかし、正しいと思い、動揺するべきではないと考えたところで、即座にその通りに行動できるようになるものではない。
エイクは、今現在もバルバラや子供達が自分のせいで殺されるような事になれば、自分はそれなりに罪悪感を覚え、動揺してしまうだろうと自己分析していた。人質に取られたりしても、行動を躊躇うかも知れない。
そのような感情を薄れさせ、いざとなれば躊躇いなく見捨てる事が出来るようになるために考えたのが、日頃からバルバラや子供達にある程度の利益を与えておくということだった。
自分から利益を得ていたのだから、自分の争いに巻き込まれて被害を受けても仕方がない。そう思うことで、何かあった時に出来るだけ罪悪感を持たないようにしよう。と、そう考えたのである。
迂遠な上に卑劣ともいえる行いだが、今の自分にとってはそれが適切な行動だとエイクは思っていた。
(我ながら中途半端だ。俺は善人ではないのは間違いない。だが、冷酷な悪人にもなりきれていない。情けないが、それが今の俺の現実だ。だから、その現実に即した対応をするべきだ。
それに、バルバラや子供達に恩を売っておけば、場合によっては将来の利益になるかも知れない)
エイクはそう考えて、その利益に関することをバルバラに告げた。
「もし俺に対して直ぐには返しきれないほどの恩を感じるなら、その事を子供達にも伝えて、将来恩を返すように教育して欲しい。子供達が将来俺の役に立ってくれる事を期待したい」
エイクは実際そうなる事を期待してもいた。
状況次第では、この孤児院の孤児達は優秀な従僕になると思っていたからだ。
バルバラの教育方針は非常に極端なものである。それに対して一度反感を持つようになれば、その反感は非常に強いものになってしまうだろう。
例えば、アルマンドがバルバラに害意を持ったのは、そのような反感故だともいえる。
しかし、上手く作用すれば、文字通りの滅私奉公も厭わない者を育て上げることも出来るだろう。
実際、今エイクに仕えている者達は、エイクに対して絶対的な忠誠を誓っているように見える。
そして、エイクの行いによって実際に恩を受けるならば、今後子供達をそのように教育できる可能性は高くなる。
そう考えれば、この孤児院へ金品を提供する事は、将来への投資ともなるだろう。
「……お言葉に、甘えさせていただきたいと思います。もちろん、私も子供達もエイク様のご恩をけして忘れません」
バルバラは、なおもしばらく思い悩んだ末にそう答えた。そして更に続ける。
「正直に申し上げれば、もう少し余裕があれば、子供達の為に出来る事もあると思っていました。それに、エイク様にお願いしたいこともございました」
「どんな事だ?」
「子供達に、エイク様の剣技を見せていただければと思っていたのです。
エイク様の剣の技量はこの国でも最高峰のものとお聞きします。それを直に目にすれば、子供達も得るものは多いのではないかと考えておりました」
「そんなことくらいは問題ないが……」
そこでエイクは言葉を切った。特別な技はあまり人目に晒したくはないが、基礎的な剣技を見せるくらいなら問題ない。だが、その為の時間をとるのが難しいと思い至ったからだ。
エイクは、近いうちに王都を離れる事になるだろうと予想していた。その予想通りになれば、当然しばらくの間“大樹の学舎”には来られない。
そして、今日は今日で予定がつまっている。
エイクはこの後防具屋によって、ゴルブロらとの戦いの結果ボロボロになってしまった竜鱗のスケイルメイルの手直しを依頼し、直るまでの間に装備する鎧の手配もしたいと思っていた。
そして、“イフリートの宴亭”で依頼の確認をしつつ昼飯をとってからロアンの屋敷に赴き、アルター達と会議をする予定だ。
この会議は、情報の共有と現状の確認を行った上で、今後の行動方針を決める非常に重要なものになるはずで、相当の長時間を要することが予想される。
更にその後は、セレナと戦闘訓練を行う約束もしていた。
「……そうだな。この後直ぐに子供達の前で剣を振るおう。その方が効率がいい」
エイクは結局そう答えた。防具屋での用事や昼食を手早く終わらせれば、そのくらいの時間は取れるだろうと判断したのだ。
「それは、ありがとうございます」
バルバラは急な話に驚きつつもそう答えた。
「それでは、エイク様も私に何でもご命令してください。私に出来る事ならば、今すぐにでも従います」
そして、胸元に両手を添えつつ、そう告げた。その動作によって、バルバラの胸のふくらみが強調されている。
エイクの欲望が、また強く刺激された。
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