第3話 炎獅子隊幹部会議
カールマンとエーミールが話しをしている頃、炎獅子隊の幹部達の会議が開かれようとしていた。
新光竜隊の創設は炎獅子隊の一部も分割して行われる。その事を踏まえての打ち合わせを行うためだ。
参加者は隊長と3人の副隊長、そして参謀の合計5人。
会議室の正方形のテーブルを囲んで、既に3人の副隊長が席についていた。
そこに、40歳ほどに見える男が、同年輩の女を連れて入室してきた。
隊長のメンフィウス・ルミフスと、参謀のマチルダである。
3人の副隊長は一斉に起立した。
メンフィウスは空いている席の前に進む。
「待たせた。それでは、早速始めよう」
そして、そう告げると席に着いた。
3人の副隊長も一礼した後に椅子に腰をおろす。マチルダはメンフィウスの右斜め後ろに立っている。
現炎獅子隊長メンフィウス・ルミフスは41歳になる。子爵家の当主でもある人物だ。
彼はフォルカス・ローリンゲンの死を受けて、炎獅子隊の副隊長から隊長に昇格したばかりだった。
標準的な身長で、武ばった感じはなく、むしろ線が細い印象を与える容貌だった。青みがかった黒髪を肩にかかるくらいにまで伸ばしている。
席に着いたメンフィウスは、左側を向きそこに座る若い男に声をかけた。
「パトリシオ、副隊長職に少しは慣れたか?」
「はい、申し訳ありません。中々勝手が分からず迷惑をかけてしまっております」
パトリシオと呼ばれた男は恐縮した様子でそう答えた。
彼は若干22歳だが、身長は高めで筋肉もしっかりとついている。そして茶髪を短く整えていた。
豊かな商家の3男という平民出身ながら、ここ数年でめきめきと剣の腕を上げてきていた男で、直近ではエイクに討たれたロドリゴ・イシュモス元副隊長とほとんど同格の強さと目されていたほどだ。
今回、その実力が評価され、年長の隊員を押さえて、ロドリゴに代わって副隊長に就任した。
実力主義の軍においても特筆に価する立身だといえる。
しかし、若年の上平民出で軍務の経験も乏しく、上に立つのには苦労しているようだ。
メンフィウスはそんな彼に重ねて声をかけた。
「慣れぬのも無理はないが、我々炎獅子隊は変事の際には即応しなければならない。いざという時に勝手が分からないでは済まされない。精進するようにな」
「はい。戦いとなれば決して遅れはとりません」
パトリシオは表情を引き締めてそう答えた。
「そうだ。副隊長ともなれば隊の運営や部隊指揮のことも考えねばならないが、その全ては戦いの為、戦いに勝つためだ。その本分を忘れずに励めば自ずと結果はついてくる。期待しているぞ」
「はい。畏まりました」
メンフィウスはその答えにうなずくと、次に右を向き、そちらに座っているギスカーに声をかけた。
「ゴルブロ一味の討伐はご苦労だったな」
「はい、ありがとうございます。ですが、苦労というほどのことはありません。残念ながら私が相手にしたのは下っ端ばかりでしたので」
ギスカーはそう答える。
エイクとも親しく付き合いがある彼は、以前から形式だけのものとして就任していた隊長補佐の役職はそのままに、副隊長を兼務する事となっていた。今の副隊長達の中でもっとも戦闘に強いこともあり、事実上の筆頭副隊長の立場になっている。
「尋問の結果はどうなっている?」
メンフィウスがそう尋ねる。
「残念ながら詳しい事は分かりません。
とりあえず、我が国へ動いてきたのは、頭目のゴルブロの一存だったようです。ゴルブロが、突然稼ぎの場を変えると言い出し、それで我が国まで動いて来たと。
どうも一味の活動方針はゴルブロ1人の意思で決まっており、意見を聞かれるのはせいぜい参謀役だったザンサルスという男だけだったそうです。他の者は専ら従うだけで、幹部といわれていた者でさえ、詳しい事情は知らなかったようです」
「そうか、連中の動きには気になる点も多かったが、幹部すら詳しい事を知らないというのでは仕方がない。念のためにしっかりと尋問をして、本当に知らなかったなら速やかに処刑しろ」
「承りました」
次にメンフィウスは正面に向き直り、真向かいに座った女に問いかけた。
「ティナ、フォルカスがアークデーモンと化した件の調査はどんな様子だ?」
ティナと呼ばれた女性は、可愛らしげな呼び名に似合わず、切れ長の鋭い目つきの当年36歳の人物だった。
だがその容貌は非常に美しく、実年齢よりも遥かに若く見える。言われなければ30歳を越えているとは誰も思わないだろう。手を入れれば大そう美しくなるだろう長い金髪を後ろで束ねていた。
彼女は、炎獅子隊の中でも犯罪の取り締まりや捜査を主に担当しており、今も重大案件であるフォルカス・ローリンゲンの事件を調べていた。
エイクは政府の調査が遅々として進まないことに不信感を持っていたが、実際のところ調査が行われていなかったわけではなかったのである。
ティナと呼ばれた女は、何の前置きもなく、特に気負う様子も見せずに、平静な声で答えた。
「最も怪しいのは、フェルナン・ローリンゲンです」
「ッ!」
メンフィウスは息を飲んだ。重大事件の容疑者として、いきなり有力貴族の名を告げられたからだ。
ギスカーとパトリシオも、思わず彼女の方に顔を向けている。パトリシオは驚きの表情を隠す事も出来ていない。
彼女が臆する事もなく有力貴族を容疑者扱い出来るのは、その出自も関係しているだろう。
彼女は今の身分は平民で、ティナと名乗り他者からもそう呼ばせている。しかし本名はクリスティナといった。
そして、以前はクリスティナ・バーミオンという名だった。
有力貴族バーミオン侯爵家の令嬢だったのだ。
訳あって侯爵家から籍を抜き平民となった今も、彼女は上流階級相手にも何の遠慮もしていなかった。
そのクリスティナが話を進める。
「その根拠については資料を用意してありますので、後ほど詳しくご説明します。ですが、結論から言えば、まだ断定は出来ません。
しかし、強制調査くらいはしても構わない程度には怪しいと判断しています。ご許可をいただければ直ぐにでも取り掛かります」
メンフィウスはやや慌てた様子で言葉を返す。
「待て、有力貴族への強制捜査となれば国策も関係する。私の一存では許可できない。それに配属変えが近いこの時期にそのような動きをするわけには行かん」
「畏まりました」
クリスティナはそう答えて引き下がった。
犯罪の取り締まりや捜査を主に担当する彼女は、アルストール・トラストリアが指揮する新たな光竜隊への配属変えが既に決まっていた。
「……それでは、本題に入ろう」
メンフィウスが改めてそう告げる。
「まず、さきほども言ったティナの光竜隊への配属変えの件だが、ティナが引き続きフォルカスの件を調べる事は確定している。
人がデーモンに変ずるなど、事は国防に関わる。当然光竜隊に異動となった後も、我々や近衛騎士隊との綿密な連携が必要だ。その方法をしっかりと決めておこう。それからティナについてゆく者の人選だな」
「はい、分かりました」
クリスティナがそう答えた。
「炎獅子隊としての目下の課題は、遅れ遅れになっている妖魔討伐だ」
続けて発せられたメンフィウスの言葉に、パトリシオがやや興奮気味に反応した。
「やはり、実施するのですね」
「当然だ。この4年間の放漫な活動の為に妖魔の数は増え、上位の妖魔も見受けられる状況だ。この上討伐を省くなどありえない。
むしろ一刻も早く実施する必要がある。今この場で諸君らと詳細を詰めた上で、その後直ぐにでも準備に取り掛かるつもりだ。
ぐずぐずしていれば、冬になって円滑な軍事行動が取れなくなるし、最悪停戦期間が終わって戦が始まる。その前に何としてもヤルミオンの森周辺部に巣くう妖魔共を掃討しなければならない。
だが、十分に注意する必要もある。先ごろトロールに率いられた100体規模の妖魔の群れさえ確認された。今までと同じ方法で漫然と討伐しようとすれば、隊に大きな被害が出かねない。しっかりとした準備も必要だ。このことについて私の具申が上に通った。衛兵隊も動員した大規模な作戦行動になる。
マチルダ、資料を配ってくれ」
「畏まりました」
メンフィウスの言葉に答えた参謀役のマチルダが資料を配り、そうして本格的な会議が始まった。
やがて会議が終わり、退室したクリスティナは、自分に割り当てられた部屋へと向かっていた。
周りに隊員達がいないことを確認した彼女は、不満気に顔を歪めた。
「ルミフス殿も、相変わらず軟弱な。アルストール公子が噂どおり果断な人物ならよいのだが……。直ぐにでも探りを入れよう」
そして、冷めた口調で、今の上司への不満と新たに上司となる者への期待の言葉を小さく呟いたのだった。
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