12-12.まだまだだ。余裕だろう

 己の選択に後悔はしていない……。

 していないはずだったのだが、とんでもない人物と関わってしまったことに恐怖を覚える。

 だが、ここまで知ってしまった以上、後戻りはできないだろう。

 

「まあ、そういう難しいことはおいおい教えてやるが、まずは、この魔力をなんとかするか」


 ギンフウはフィリア前で片膝をつくと、右腕を取り上げる。


「身体で覚えろ。これが、一般的な魔力交換……だ」


 手の甲に唇が重なる。

 その部分から濃密なギンフウの魔力が洪水のようにフィリアの体内に注がれ、駆け巡った。


「――――!」


 フィリアは意味不明な叫び声を上げると、底しれぬ恐怖に全身を震わせた。

 初めて体感する『他人の』膨大な魔力の量と濃さに魂が圧し潰されそうになる。

 手を振り払い、助けを求めるかのように、フィリアは目の前にいるギンフウにすがりつく。


 幼子のようにガクガクと震えるフィリアを、ギンフウはしっかりと抱きしめ、耳元で囁く。


「いいか? この量と濃さを忘れるな。この感覚が限界値だ。これを超えることは、そうそうないとは思うが……おまえとオレ、そして、セイランだから許される量だ。オレたちの魔力容量は、化け物並みの大きさだからな。この量に耐えることができる。だが、普通の奴らとこんなことをやったら、相手は間違いなく、受け止めきれなくて、一瞬でバンだ」

「…………」


 フィリアは無言で頷く。全身の血が沸騰しているようで苦しい。

 まだ呼吸が整わず、言葉を発することができない。身体がクラクラする。

 減った魔力が増えたというか、ようやく落ち着きはじめたかに思えた魔力がまたふつふつとたぎりはじめていた。


 ギンフウのいう「バン」とは、言葉の響きのとおりの「バン」なのだろう。


 容量を超えた大量の魔力を一度に摂取すると、文字通り身体が「ばん」と弾け飛んで死んでしまう。

 喩えるのなら、空気を入れすぎて破裂する風船のように……。

 脳裏に飛び散る肉片と血しぶきが浮かび、フィリアはブルブルと震える。


「魔力交換するときは、魔力の相性と相手の受け入れられる量に十分気をつけろ。自分の尺度は間違っていると意識するんだ」


 理解できなかったらもう一度、やってみるか? というギンフウの言葉に、フィリアは激しく首を左右に振る。完全に怯えきっていた。


「嫌がるな。そして、嘘をつくな。さっき、おまえのステータスを確認したからな。まだまだ魔力容量に余裕があるだろう。全然、大丈夫だ」


 ギンフウは再びフィリアの手を取り、甲に唇をつける。

 魔力を注いだ瞬間、フィリアが意味不明な悲鳴をあげる。ごめんなさい、とか、ゆるしてください、といったようなことを言っているようにも聞こえる。


 そういうことを五、六回ほど繰り返していると、フィリアは悲鳴をあげなくなった。


 他人の魔力を受け入れるということに慣れたようだ。


「わ、わかりましたから、もう、ケッコウです」

「まだまだだ。余裕だろう」

「もう無理です! って、うぎゃあっ!」


 それからも魔力交換が続き、十回ほど終えたところで、ギンフウが立ち上がる。


「魔力交換のコツはつかめたようだな」

「お、お、おかげさまで……バッチリデス」


 フィリアはふらつきながらも、なんとか立ち上がる。


 似てはいるのだが、自分ではない魔力が体内にあるのはすごく変な気分だ。

 同じ魔力を回復させるのでも、魔力回復薬を使うのときとはまた違う。


「魔力相性がいいヤツと魔力交換すると、魔力回復薬を使うよりも効率的に回復できるようになる。早いうちに魔力相性がいいヤツを見つけて……。いや、魔力交換が必要なときは、他のヤツとではなく、オレとやれ」


 オレとやれば、やりたい放題だからな、と喉の奥で嗤いながらギンフウに言われたが、その申し出にフィリアはどう反応していいのかわからない。


「魔力交換は、減った魔力を補う、あるいは、魔法発動に足りない量を一時的に補充するのが目的だ。他人からもらったものは、使わなければすぐに自然消滅する。自分の魔力として貯めておくことはできない」

「わかりました」

「普通は、こういうことは、より魔力相性のよい両親か、親族のだれかと赤子のうちに行うものなのだ」

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