12-11.死んでもなお逃れることが許されぬ牢獄か

 空間がぐにゃりと歪み、【移動】魔法でどこかに連れていかれる……とフィリアが気づいたときには、別の場所に移動していた。


 なにもない真っ暗な狭い部屋。


 目の前に悠然と立っているのは、『深淵』のボスであるギンフウ。


 ギンフウが【灯り】の魔法で明かりを灯すが、部屋の中は相変わらず暗く、互いの姿が認識できる程度だ。


 さきほどまでいた寝室が最深の場所かと思ったのだが、さらに深い場所が存在したことにフィリアは驚き震えあがる。


「ここは……」


 とてつもなく大きな力が蠢いているのが、足元から伝わってくる。

 この下に『なにか』があった。


「驚いたぞ。まさか、一般人を連れてここまで奥深く潜ることになるとはな。『影』ですら、限られた者しか立ち入ることができぬ場所だ。これだけ深い場所なら、結界も壊れないだろう」

「こ、ここは、どこですか? まさか、あの世とか、地獄とかじゃないですよね?」


 フィリアの質問にギンフウは声をたてて笑う。

 絶対服従の『影』たちとは全く異なる反応がとても目新しくて、おかしくてたまらない。


「安心しろ。あの世ではない。まあ、この下は……」


(あ! これは聞いちゃいけないやつだ!)


 ギンフウの表情の変化に、フィリアは慌てる。急いで手で自分の耳をふさごうとしたが、少しだけ遅かった。


「帝国に仕えた歴代の第十三騎士団団員の魂を閉じ込め、納めている。いわば霊廟だ」


 ギンフウの顔に暗い影が落ちる。


「いや、違うな。死んでもなお逃れることが許されぬ牢獄か。わたしも、そして、おまえも普通に死ねたら、そこに入って、帝国を支える永劫の礎となる」

「第十三騎士団団員の霊廟? 十三? 帝国の騎士団の数は十二ですよ?」

「そうだな。表向きは十二の騎士団で構成されていることになっている。それは今、ここで話すことではない」

「…………」


 心の奥底でなにかがひっかかったが、それがなにかフィリアにはわからなかった。


「我らは強すぎる。強き者の死は、それで終わりではない。強き者の死体は不浄の者に狙われる。冒険者なら知っているだろう?」


 ギンフウの質問にフィリアは頷く。

 討伐した魔物は、素材などを採取した後は、炎で焼き払う。もしくは魔法で消滅させるよう研修で指導されている。

 そのための使い切りの魔道具も、驚くほど安い値段で販売されているくらいだ。


 仲間が死んだ場合も、遺体は速やかに火葬するように言われていた。


 なぜなら、悪意ある彷徨う霊が遺体に憑りつき、アンデット化して人々を襲うようになるからだ。


 遺体は放置してはいけない。


 それは、この世界の常識だった。

 どんな小さな村であっても死者がでれば火葬し、あるいは、聖職者が祈りを捧げて遺体の消滅を行っている。


「巨大な魔力を持つ者は、魂となっても魔力を失わない。肉体の枷から解放されて、逆に魔力が強くなるくらいだ。故に、魂も狙われる。邪霊に囚われるのを防ぐために護る必要がある。我らのレベルだと、憑りつく霊の程度にもよるが、最低でも天災級のアンデットや悪霊になるだろうな」

「…………天災級」


 フィリアは生唾を飲み込む。

 ギンフウの言っていることは真実だろう。

 

「歴代の第十三騎士団団員は、神の待つ園に行くのは許されていない。器となる肉体を失った後も、魂が燃え尽きるまで帝国に仕え、この地を護り続ける命をうけている」

「そんな…… 。この下が……」


 第十三騎士団団員の霊廟。

 初代皇帝より二千余年という長い歴史の中で、どれだけの人々が眠っているというのだろうか。


「いや、でも、これって……。この力って」


 これも口にしてはいけないことである。

 フィリアは慌てて脳裏に浮かんだ疑問を振り払おうとしたが、遅かった。


「師匠に学ばなかったというのに、これがわかるとは、なかなかみどころがあるな。この下に眠る者たちは、帝国を護る結界と帝国の大地に魔力を供給している。帝国の護りと繁栄の要所だ」


(き、聞きたくなかった――!)


 フィリアはヘナヘナとその場に崩れ落ちる。


「この広き世界で、二千年以上もの間、帝国と呼ばれ、滅びずに君臨しているのだ。興っては滅ぶそこらの小国とは違う。こういう『仕掛け』がいくつあっても不思議ではないだろう」


(嘘だ! まだ他にもあるのか――!)

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