12-8.拒否権はないって聞いていたんですけど……
今更という思いもあったが、改めて自己紹介をされた。
『呼び名』という表現を使ったのだから、ギンフウというのは、本名ではないのだろう。
この怪しい組織では、さもありなんだ。
「おまえの親は?」
「知りません。赤ん坊の頃に捨てられ、孤児院で育ちましたから」
「なにか、親に繋がるモノは所持していないのか?」
「なにもなかったと聞いています」
ランフウの報告書どおりの返答に、ギンフウは「面倒だな」と舌打ちする。
「だったら……冒険者カードはどうした?」
胸の辺りを指さされて質問される。
「……文字化けしてたので、ギルド長に預けてきました」
「そうか。ランフウに渡したか……」
ギンフウが天井を仰ぐ。
「困ったな。最新の正確なステータスがわからん」
と顎に手をやりひとりごちる。
少しためらった後、ギンフウはフィリアに利き手を見せろと命令する。
フィリアが右手を差し出すと、手首を強い力でつかまれ、ぐいと引き寄せられた。
黄金色の瞳が一気に近づき、とまどうフィリアの姿を映しこむ。
「【鑑定・烈】を使える者がココにはいない。不快な思いをさせるが、おまえの力を直に視せてもらってもいいか?」
何を言われているのかよくわからないが、有無を言わせぬ強い口調と、真摯な瞳に圧倒され、フィリアはかすかに頷く。
「素直すぎる……」
眉を寄せて困ったような顔になったギンフウを見て、フィリアも困惑する。
(拒否権はないって聞いていたんですけど……)
「いいか? 下手に抵抗するなよ。魂を傷つけてしまう。余計なことは考えるな」
その言葉が終わると同時に、空気が揺れ、フィリアの手に鋭い痛みが走った。
(痛っ?)
手のひらに赤い一筋の傷がつき、そこからじわじわと鮮血があふれはじめる。
急な鋭い痛みと出血に驚いたが、傷はそれほど深くない。
回復魔法を唱えることなどせずとも、自然治癒ですぐに塞がるだろう。かすり傷だ。
ギンフウの顔が手のひらに近づき、唇が傷口に重なる。
(え? えええっ? なにを……)
フィリアの思考が停止する。
ギンフウは下唇に浮かんだフィリアの血を啜るように舐め取る。
「…………!」
今まで感じたことのない不快感が、フィリアの全身を駆け巡った。
己の血を啜られ、その傷口からギンフウの剥き出しの魔力が容赦なく、フィリアの中に入ってくる。
内側から暴かれる恐怖に、全身が凍りついた。
(み、視ないで!)
拒絶の叫び声は、くぐもった呻き声にかわる。
フィリアは反射的に唇を噛み締め、この不快感と必死に戦う。
唇が傷ついてしまったのか、口の中に錆の味が広がっていく。
ギンフウの強烈な魔力が、フィリアの全身をものすごいスピードで駆け巡る。
現在、過去の自分を隅から隅までくまなく調べられ、魂の部分にも触れられ、覗かれてはいけない部分を暴かれているような錯覚に陥る。
とてつもない嫌悪感に鳥肌が立ち、吐き気をもよおす。
暴かれる恐怖と怒りに、フィリアの身体は激しく震え、両目からは大粒の涙がポロポロと零れ落ちていった。
(これって、いつまで我慢すればいいんだ!)
永遠と続くかと思われていた不快感が、ふっと消え去る。
フィリアは大きく深呼吸をした。
「気持ち悪かっただろうが、よく我慢できたな。根性はあるようだ」
ギンフウは深い溜め息を吐き出すと、掴んでいた手を離す。
手のひらの傷はすでになく、出血の痕跡すら残っていなかった。
「……な、なにをぼくにしたんですか?」
不快感を必死に押し殺し、眼の前の尊大な男に向かって質問する。
「爆睡後のステータスが知りたかっただけだ。冒険者カードがなかったからな。のんびりもしれいられないし、血と魂の記憶を視せてもらった」
「血と魂の記憶?」
「そうだ。おまえの現時点のステータスとか、あとは、魔力の色とか、血筋とか……。色々なことを直接、確認させてもらった。こうして視られるのは、気持ち悪かっただろう?」
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