12-7.ようこそ帝都で最も深き場所『深淵』へ

 さきほどまでは、魔力漏洩で気を失いそうなほどフラフラだったのだが、今度は濃密な魔力にあてられて、頭がぼーっとしてきた。躰がふわふわして、現実がだんだん曖昧になってくる。


 酒に酔うというのは、このような感覚になるということだろうか、と、ふと思う。


 エルトと魔力の色がよく似ているフィリアにとって、ここは危険な場所ではなく、自分を受け入れてくれる心地よい空間に思えてくる。


「意識をもっていかれるな」

「あっ、は、はい」 


 有無を言わせぬ強い声に、フィリアの意識が瞬時に覚醒する。

 見透かされてるようでとても怖い。


 命令する側とされる側。


 この関係は、この部屋に入った瞬間に決定していた。


 ここから先は、拒否することはできないと、さんざん警告を受けた。

 それを改めて思い知らされる。


 フィリアは男の元へと近づいていく。

 それはまるで、死刑台に向かう罪人のような心境だった。


 椅子は一脚しかないので、ギンフウの眼前に立つ。

 それとも謁見のように跪いて頭を垂れた方がよいのだろうか?

 そう思わせるものをギンフウは持っていた。


「……ようこそ帝都で最も深き場所『深淵』へ」

 

 黄金の輝きを放つ隻眼の獅子がにやりと嗤う。

 椅子に座って頬杖をつき、優雅に脚を組んでいる姿は、獰猛な爪と牙を巧みに隠し、優雅にふるまっている肉食獣を彷彿とさせる。


 肩より少し長い、眩い黄金色の髪は、暗がりの中でも王冠のように輝き、髪の色と同じ黄金色の瞳は、魅了の力を秘めて妖しい光をたたえている。


 そして、左の目から頬にかけてある、大きな傷跡が、さらに男の美貌を印象づけ、不思議と引き寄せられる。


 身体は戦いと鍛錬によって鍛えられ、美しく引き締まっていた。

 非の打ち所がない完璧な美がそこにはあった。

 エルトとはまた違う人を超えた美しさだ。


 ルースやフロルが敬意と畏怖を込めてボスと呼ぶのも納得できる。


「ウチのカワイイ息子が一週間も世話になったな」

「……はい。お世話になりました」


 フィリアはギクシャクとした動作で頭を下げた。


(このヒト怖い。すごく怖い。ものすごく怒っているよ。どうしよう。さっき、コロスとか言ってたよな)


 敵意を孕んだ威圧が半端ない。

 ギンフウがどれほどエルトーーセイランーーを大切に想っているのかがわかる。

 一週間もの間、カワイイ息子から連絡がなければ怒って当然だ。


 黄金色の瞳にひたと見据えられ、フィリアの全身が緊張でガチガチになる。

 下手な言い訳は相手を怒らせるだけだから、黙って耐えるしかない。


「顔を上げろ。目を伏せるな」


 頭を下げるのをやめるように言うと、ギンフウはフィリアの目を覗き込む。


 目の前に転がっている獲物を観察するかのような……睥睨する目線に、フィリアの鼓動が速くなる。


「これは……報告以上にひどい状態だな」


 ギンフウの眉間に深いしわができる。


「たった一週間でこんなになってしまうとは。……ただ爆睡していただけで、こんなになるとは呆れたものだ。魔力能力値が高い者が、魔法の師を持たずに、見様見真似で魔法を使い続けるからこのようなことになるのだ。無知とは恐ろしいものだな」


 ギンフウの言葉には棘がある。 

 フィリアはじっと、この居心地の悪い時間を耐える。

 少しの沈黙の後、ギンフウが再び口を開いた。


「さて、オレの呼び名はギンフウ。『深淵』を支配する者だ。三人の子どもたちの養父であり、ルースやフロルと『呼ばれる者』の『所有者』だ」

「……フィリアです」

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