12-5.何回かは死にかけるかもしれないけど

 フィリアの心の呟きが聞こえたのか、コクランは壮絶な笑みを浮かべた。

 妖艶なエルフの女性はとても楽しそうだった。


「フィリアちゃん、そんなに心配しなくても大丈夫よ。セイランとびっくりするくらい相性がよかったのなら、フィリアちゃんとボスとの魔力相性もびっくりするくらいそれなりにいいはずよ」

「…………」

「おまけに、貴方……ちゃんと身なりを整えたら、そこらの貴族よりも綺麗な子になるわ。おまけにボスの好みの顔だから、きっと生命までは盗られないわよ」


 本当に自分は助けてもらえるのか、コクランのセリフにどんどん不安になってくる。


「うん。フィリアちゃんて、ボスの想い人にどこか似ているのよねぇ。こういうのを面影があるっていうのかしら? よかったわね。何回かは死にかけるかもしれないけど、ボスが死なせないだろうから。よかったわよねぇ……」


 なにがよいのかわからない。

 怖いだけだ。

 にこやかというか、男を誘惑する妖艶な笑みがコクランの顔から消える。

 冷たく澄んだ緑の瞳が冷ややかにフィリアを見つめる。


「いい? ここは『深淵』の中でも、とても深い場所。部外者が入るには、相応の覚悟と対価が必要な場所よ」

「…………はい」

「後悔はないかしら? ココが本当の意味で、最後の選択になるわよ」


 フィリアは黙って頷き返す。


「この扉をくぐれば、貴方の全ては貴方のものではなくなる。『深淵』の影として生き、ボスの命令には逆らえなくなるわ。自分の意思で生きていくことが、この先できなくなるのよ」

「わかりました」

「とても……厳しい世界で生きていくことになるわ。ときには、死んでた方がましだった、と思うこともあるわよ」


 コクランはフィリアに語った。

 目の前にある重厚な扉に視線を固定し、コクランはフィリアの意思を確かめる。


「……ま、扉を拒否したら、魔力の暴走で苦しみながら死ぬわけだけどね。よくもって夜中までかしら?」


 己の自由意志を守りたければ、死を選ぶしかない……ということを暗に言われた。


「まだ……死ぬわけにはいきません」


 フィリアは強い意思をもって答える。

 今、ここで逃げ死ぬようなことになれば、エルトはフィリアの死を自分のせいだと思って、己を責めるだろう。


 エルトを傷つけることは、自分の本意ではない。

 自分が傷つくのは全くかまわないが、エルトが傷つくのは耐えられない。


「わかったわ。それじゃ……扉を開けるわよ」


 コクランは呼吸を整えると、銀製のドアノブに手をかけ、【開呪】を唱える。


 扉が勢いよく大きく開く。


 開いた入り口から、どっと、魔力の塊が、ものすごい風圧となって洪水のように流れ出す。


「いやあああん。もう、なにこれ!」


 コクランの髪が乱れ、スカートが派手に裏返る。

 足を踏ん張り、魔力の洪水に耐えようとするコクランは悲鳴をあげる。


 魔力の圧に流されそうになったフィリアはコクランに強く背中を押され、さらには尻を蹴られ、薄暗い部屋の中に転がり込むように入室した。


 バランスを崩してあたふたとしてるフィリアの背後で、バタンという、扉の閉じる大きな音がした。

 

 扉が閉まったことにより、魔力の噴出が治まり、周囲にどろっとした静寂が戻る。


 コクランは……いない。


 そういえば、冒険者ギルドでもよく似たような扱いを受けたばかりだ。


 嫌な予感がして慌てて後ろを確認するが、壁しかなかった。

 扉自体がなくなっている。


(もしかして……閉じ込められた?)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る