12-2.貴方がランフウのアレ
「あら、ヤマセいらっしゃ……って、貴方、なんてモン連れてきちゃってるの! しかも、貴方の護符どうしたの! あれだけあった護符がひとつ残さず壊れてなくなっちゃってるじゃない! どういうこと?」
妖艶なエルフのマダムが驚いた顔で、酒場に現れたヤマセとフィリアを凝視する。
表情の変化をあまり見せないバーテンダーも動きを止めて、不意の来訪者に、探るような視線を注いでいた。
「あ――。コイツがアレです。今回の諸悪の根源、セイランの……」
ヤマセの乱暴な紹介に、エルフの女性が大きく頷いた。
「ああ。貴方がランフウのアレ……名前は確か、フィリアちゃんだったかしらね……」
マダムがにっこりと微笑む。が、目は笑っていない。
「セイランがそれは、それは、ものすご――く、楽しそうに貴方のことをギンフウに話してくれちゃってたわよ。お風呂がとても楽しかったとか? おかげで、ギンフウが荒れに荒れて、どうしようもない状況になっちゃったじゃないの!」
(ランフウのアレ? セイラン? ギンフウ?)
会話の流れからして、人の名前だろう。ランフウのアレとは自分のことなのか、とフィリアは考える。
セイランは、エルトだろうか。
マダムと言い争っていたバーテンダーの方は、見たくないものを見てしまったとでも言いたげに、特徴のない顔を顰めて、フィリアを凝視している。
ヤマセからは『コイツがアレ』とか『諸悪の根源』呼ばわりされ、初対面のエルフの女性からは、『なんてモン』扱いされたフィリアは、無言で開店前の閑散とした酒場の中で立ち尽くしていた。
ざっと見渡したところ、酒場はカウンターとテーブル席があり、二階へと続く階段もある。上の階は個室か、それとも宿屋を兼ねているのか。
店としての広さはそれほど広くはなく、大勢を相手にする大衆酒場ではないようだ。マダムとバーテンダーのふたりで切り盛りするには、ほどよい規模だろう。
少し狭めの店内は落ち着いた内装で整えられ、カウンターの背後に並べられている様々な酒やグラスの他には、目をひくようなものはない。
ヤマセに促され、フィリアはカウンターへと連れて行かれる。
「それにしても、たった一週間で、どうしてこんなになっちゃったのかしら?」
「たった一週間で、どうやったらこんなになるのでしょうね……」
ルースと同じようなことをエルフとバーテンダーから同時に言われて、フィリアは困ったような顔になる。
どういう対応をしたらよいのか悩ましいが、それよりもなによりも、どんどん気分が悪くなっていく。移動系の魔法でよくある、魔力酔いによく似ているが、少し違うようにも思えた。
倒れそうになるのをフィリアはじっと我慢する。
「純朴そうなかわいい顔して、このコなかなかやるのね。風呂の中に幼児を連れ込むとか。意外と、怖いもの知らずでダイタンなのかしら? セイランとなにをやっちゃったのかしら?」
「……子守唄を合唱しました」
間違いない。ふたりがセイランと呼んでいる人物は、エルトのことだろう。
フィリアの言葉を聞いたふたりの目が、同時に大きく見開かれた。
「子守唄でどうしてこうなるの?」
「合唱ってどんな合唱ですか?」
最初の印象は残念なかんじだったが、このふたり、けっこう気が合うのではないか、とフィリアは思った。
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