11-16.でもな、ここは空気を読もうぜ?

「ギルド内では、転移魔法は使わない方がよいだろう。なにが壊れて、なにが起こるかわからない」


 そう言うと、ヤマセは非常階段の方へと足早に歩いていく。

 また階段か……とフィリアは内心でうんざりする。


「オイ、時間がないから一気に駆け下りるが、身体強化とか、移動系魔法とか、魔法は一切、使用禁止だからな」

「わかった。フロ……」

「あ――――っ」


 いきなり大きな声をだして、仮面の男はフィリアの声を遮った。


 そして、階段をものすごいスピードで駆け下りはじめる。

 フィリアも慌ててその後に続く。

 駆け下りるというよりは、段数をとばして飛び降りていく。


「いいか? なんか、のぽぽんとしているようにも見えるけど、フィリアは頭イイよな? 気が利くし、よく気がつく。察しがいい。それは悪いことじゃない。でもな、ここは空気を読もうぜ?」


 フィリアは頷いた。


(口調が完全にフロルだよな……)


「オレは何者でもない。誰でもない。ただの影だ。オレの名前は、おまえがボスから仮面と名前を頂くことができたら、自然とわかる。今は余計なことは考えずに、そのだだ漏れ魔力をどうにかすることだけ考えろ。色々な意味で、おまえはマジでやばい状態だ」

「……わかった」


 ふたりで階段を飛び降りながら、ヤマセは言葉を続けた。


 『深淵』とは組織の名前であり、組織に属する影たちが集まる場所でもある、とヤマセは軽く説明をする。


 帝都のどこかにあり、帝都のなかで最も深い場所にある拠点。

 そこは皇帝との【不可侵の誓約】によって護られている。

 たとえ皇帝であっても手をだすことは許されていない。

 帝国、皇帝と対峙することが可能な、数少ない組織なのだと、ヤマセは語った。


 『深淵』が得意とすることは、一般に日陰と呼ばれる内容の仕事で、陰からの警護支援、暗殺、諜報活動、情報収集といった、表にはでてこない、表にはだせないようなことを内々に処理することだった。


 つまり、フィリアの状態を『深淵』のボスに救ってもらうのなら、そういう世界に身を置き、そういうことをしなければならない、とヤマセは説明する。


 普通に戦っても、対個人であれば、帝国の騎士と互角以上の実力を持つ。さらに任務を遂行するために特殊な訓練を受けているという。


「オレが『深淵』について話せるのはこれだけだ」


 これ以上のことを語ると、フィリアもしくはヤマセの身が危なくなる。

 平民には知りようのない世界に、フィリアはただ黙って耳を傾けるだけだ。


「前々から思ってたんだけどな、正直なのが褒められるのは、世の中から隔離された神殿の中だけだ。今のこのゴタゴタな世で、馬鹿正直は相手に与える隙が多くなる。つけこまれるだけだ。ほどほどにしろよ」


(こういう、オジサン説教臭いところがフロルだ……)


 もちろん、口にはださない。

 フィリアは黙ってヤマセの後を追う。

 身体強化を使用していなくても、フィリアの身体能力は高い。

 一定の距離を保ちながら、遅れることなくヤマセの後を追って階段を降りていく。


(……しっかし、ランフウもひでーヤツだよな)


 後ろのフィリアに注意を払いながら、ヤマセことフロルは心の中でため息をついていた。


 魔法を使用せずに、自分を追える者はそうそういない。

 そういう意味でも、フィリアは『深淵』には欲しい駒であり、ランフウの目に留まってしまったのだろう。


 気の毒なことである。

 フィリアの最後の質問「どちらがわたしに、エルトを護れる力を与えてくれますか?」の正しい答えは「皇帝陛下」一択である。


 もちろん、フィリアがどうふるまうかによっても扱われ方は変わってくるが、帝国の最高権力者以上の存在はない。


 いかにボスが優秀で切れ者であったとしても、表に姿を見せることがかなわぬ影なる存在だ。

 能力は優れていても、表の世界を支配する、帝国の最高位が持つ権力を超えることはできない。


 しかも『エレッツハイム城の悪夢』のせいで、多くの優秀な貴族が生命を失い、今は人材不足だった。

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