11-15.どちらを選べば、強くなれますか?

 フィリアが頷くのを確認すると、ルースは言葉をつづけた。


「ひとつ、このまま選ばずに、速やかにここから立ち去り、魔力に呑まれて死ぬ。あるいは、わたしたちにここで『討伐』される」


 仮面の男の身体がぴくりと震える。


「ひとつ、わたしたちのボスがまとめる『深淵』の庇護下に入り、ボスの犬として生きる」


 指をたてながら、ゆっくりと言葉を発する。


「ひとつ、皇帝陛下に庇護を求め、陛下に隷属する」


 それだけ言うと、ルースは沈黙する。


「あ、あのう……それだけでしょうか?」

「それだけだ。シンプルでわかりやすいだろ? わたしが知る限りの範囲になるが、この帝都内において、お前の魔力漏洩を止めることができる人物は、ふたりしかいない。もう少し『漏れ具合』が少なければ、別の候補もあるのだが」


 選択肢もだが、情報があまりにも少なすぎる。

 このまま死を待つのもいやだが、他には道はないのだろうか……。


「嘘ではない。わたしも同じ見解だ。わたしたちのボスもしくは、皇帝陛下のどちらかなら、今の状態を救ってくださる。その後の居場所も確保してくださる」

「…………」

「仮に三人目、四人目がいたとしても、選択肢が増えたとしても、最後に行き着く先は、隷属しかない。それが助かるための対価だ」


 ヤマセと呼ばれた仮面の男が、下を向いたまま発言し、分を弁えない口出しを詫びるかのように、さらに深く頭を垂れる。


「どちらが……どちらを選べば、強くなれますか?」

「は?」

「どちらがわたしに、エルトを護れる力を与えてくれますか?」


 ルースの目が驚きに見開かれる。予想していなかった質問に、ルースは困ったような眼差しをフィリアに向けた。


 魔力相性がよすぎると、ここまで人は変わってしまうのかと、内心で驚く。


「難しい……質問だな」


 そう答えると、ルースは口を閉じる。


 脳裏に「手段は問わない。死ななければそれでいい。どんな方法を使ってもいいから、近日中にアレをオレの前に連れてこい」というギンフウの絶対命令が蘇る。


 乱闘は最後の手段だ。

 できることなら、無理やりでなく、本人の意思というものを作ってやりたい。


「……エルトは、ボスの養い子だ。『深淵』で預かり育てている」


 その一言で、フィリアの答えは決まった。 

 フィリアの選択を聞いたルースの顔に、少しだけ安堵の色が浮かぶ。


「なかなか厳しいお人だが、懐は深いかただ。一番のお気に入りに手をだしたから、最初のうちは風当たりがキツイだろうが、悪いようにはされないだろう。少々、人たらしがすぎるのが問題だが……」

「は、はぁ……」

「まあ、しっかりとかわいがってもらえ」

「…………?」


 軽くボスのひととなりを教えて……もらえたのだろうか?


「それじゃ、ヤマ……」

「お断りします!」


 ヤマセの反抗に、ルースは痛む頭を押さえた。


「あまりごねるようなら、今から壊れた魔道具の弁償は、ヤマセの報酬から差し引くとする」

「両方いやです! あんな、怒れる獅子の巣穴に、のこのこ美味そうな餌を持っていったら、こちらが腕ごと喰われます。あそこは、今、人智を超えた魔窟になってます!」


 拒否の姿勢を貫くヤマセに、ルースは溜息をつく。

 フィリアの案内がよほど嫌とみえる。


 だが、ここでのんびり漫才をしているわけにはいかない。ギルド長室の魔道具の数も残り少なくなってきている。


「大丈夫だろう。一週間ぶりに大事な獅子の子が戻ってきたんだ。機嫌も直って、今頃は子育ての最中さ。他のことはどうでもよくなっているはずだ。心配せずとも、ヤマセなど眼中にも入らない。そこらの石と同じだ。いや、石以下だ」


 注意して聞けば、かなり辛辣な言葉なのだが、だれもルースの嫌味には気づいていない。


「正直に申し上げますと、魔窟になっている今、『深淵』までは、わたしの能力ではたどり着くことができません。他人を運ぶとなると、なおさらです」

「おいおい。あっちも、そんなに悲惨な状態なのか? ……わかった。ヤマセには、別の至急案件も用意しておくから、とりあえず、フィリアを『酒場』に放り込んだら、すぐに戻ってこい」

「……承りました」


 深く一例し、仮面の男がすくっと立ち上がる。


「…………?」


 フィリアは食い入るように、仮面の男を見つめる。口調は違うが、見覚えのある気配がした。


「ついて来い」


 とだけ言い残すと、仮面の男は踵を返し、ギルド長室の扉をあけてでていってしまった。

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