11-14.お断りします!

 しばらくするとギルド長室の結界が室内の異変に反応し、金属音のような音をたてはじめる。

 フィリアの魔力にあてられたルースの顔色が悪くなり、額には脂汗が浮かんでいた。


「濃度の高い魔力がダダ漏れしている状態だ。魔道具がその魔力を勝手に吸収していたんだが、ソレに耐えきれなくて壊れはじめたんだ」

「ああ……」


 ようやく理解できた。魔道具が壊れているのは、キャパオーバーの現象なのだろう。


 魔導具を発動、維持させるには、魔力が必要だ。

 魔法のような特別な訓練がなくとも、魔力さえあれば使用できる道具も多い。


 だが、取り扱いには注意が必要だった。

 その注意事項のひとつに、長時間使い続けたいからといって、許容範囲以上の魔力を注ぎ込むと、魔道具がそれに耐えきれず、壊れてしまう……というのがある。


 安価な魔道具は、魔力をため込む容量が少なく、ちょっとでも込めすぎるとすぐに壊れるのだ。

 ヒトが食いだめ、寝溜めができないようなものだ。


「エルトは? エルトは大丈夫なんですか? ぼくとずっと一緒にいましたよ?」

「エルト……? ああ、アノ子なら大丈夫だ。まあ、一週間の無許可外泊をやらかしたから、お尻ペンペンくらいはあっただろうが、安全な場所でサイキョウの保護者に護られているから全く問題ない。今は自分の心配だけをしろ」


 ルースは「トン、トン、トン」と指先で机を叩きながら、フィリアを哀れみの表情で見つめる。


 不意に部屋の空気が揺れた。


 なにもなかった場所に、黒色に近い色のマントを羽織った男がひとり現れ、優雅な仕草でひざまづく。すらりとした鋼のような、隙のないたたずまいであった。


 マントの裾は、腰丈くらいである。

 深めのフードを目深に被り、髪色はフードに遮られてよくわからない。


 顔の上半分を覆う黒い仮面が、さらに男の特徴と表情を隠している。


 突然現れた得体の知れない第三者に、フィリアは狼狽する。

 その拍子に、魔道具が数個、盛大に爆発した。


「ヤマセ……」

「お断りします!」

「わたしはまだ何も言っていないが?」

「お断りします!」

「いいから、話くらいきけ!」

「それもお断りします!」

「おい。ふざけているのか?」

「大真面目です……」


 影のようであり、闇のような出で立ちの男は、ひざまづいたままの姿勢を崩すことなく、静かに答えている。


 しかし、ふたりのやりとりは、安っぽい小喜劇のようである。


 フィリアはわけもわからず、ただ立ち尽くすしかなかった。仮面の男とルースを交互に見比べる。 


 ついに魔道具を入れていた戸棚のガラス扉が派手な音をたてて砕け散った。


「……時間がないな」


 そう呟くと、ルースは仮面の男からフィリアへと向き直る。再び「すまない。許せ」という小さな声が聞こえた。


「フィリア、今はまだ、この部屋の中にある魔道具が壊れているだけで済んでいるが、冒険者ギルドが保有している全ての魔道具が、おまえのダダ漏れ魔力を吸い取ったあとは、行き場を失った魔力が、おまえ自身を攻撃しはじめる」

「……はい」


 フィリアは静かに頷く。なんとなくそんな気がしていた。


 だが、この『魔力ダダ漏れ状態』が把握できていない今のフィリアには、この魔力流出を止めることはできない。

 止め方などわからない。


「この魔力の漏洩を止めることができる人物は……。おまえ以上の魔力保持者であること。漏洩を止める技能を所持し、なおかつ教えることができること。さらに、おまえと魔力の色が似ている者。……に限られてくる」

「……そんな人、いるんですか?」


 ルースの提示した条件はあまりにも厳しすぎる。

 自分の声が他人の声のように聞こえた。


 絶望的な宣言に等しい。仮にそのような条件が揃った人物がいたとしても、間違いなく、上流貴族だ。平民の自分を相手にするとは思えない。


 こういうのを「詰んだ」というのだ。


「申し訳ないが、この時点から、わたしの力では、おまえを救うことも、守ってやることもできなくなった」


 ルースから辛そうな顔で言い渡される。

 『あの事件』が起こる前ならば、ルースにもフィリアの魔力漏洩を止めることができただろうが、今はそれもできない。


「最後に、おまえに選ばせてやる。これ以上、このまま魔道具を壊されたら、オレの首も危うい。即答しろ。だが、選ぶには対価が必要だ。選んだ以降は、おまえは自ら選ぶことができなくなる」

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