11-11.本当に寝ていたのか?
悲壮なルースの叫び声に、フィリアは震えあがる。
ギルド長の顔が真っ青から真っ白に変化し、ガクガクと震えだす。
やはり、一週間も眠り続けるということは、異常事態なのだろう。
ギルド長の今までにない狼狽ぶりに、フィリアも慌ててしまう。
「ぼくも驚きました。まさか、寝坊したと思っていたら、一週間も眠り続けていたなんて……こういうことは、よくあることなのでしょうか?」
「………………え?」
ギルド長の口が、ぽかんと開いたままの状態になる。
「ルースギルド長?」
「フィリアその……寝たというのは……? エルトとなにをしていたのだ?」
「なにを? ですから、ぼくたちは寝ていただけで、なにも……」
「なにも? 本当に寝ていたのか?」
「ですから、先ほどから、ずっと寝ていたと言っていますが」
「…………そうか。寝ていたのか」
ルースはブツブツと口の中でなにやら呟きながら、後ろに撫でつけていた髪の毛をぐしゃぐしゃとかきむしる。
前髪が下されると、ずいぶんと雰囲気が違って見える。
「どうやら、質問の仕方が悪かったようだな。一週間前、冒険者ギルドを退出した後は、『赤い鳥』のメンバーとちびっ子たちが夕食をとった……ということまでは報告を受けている。その後はどうしたんだ? その……包み隠さず赤裸々に報告しろ。誤魔化したってすぐにわかるんだからな!」
「え? ええと……」
ルースギルド長の気迫がただごとではない。
フィリアは言葉に詰まりながらも、リオーネとナニが、眠っていたエルトを置いて先に帰ってしまったところから説明をはじめた。
最初は無表情でフィリアの話を聞いていたルースだが、入浴の説明を始めたときは再びガクガクと震えだし、憐れむような表情になる。
そして、夜中にエルトが悪夢にうなされて目を覚まし、寝かしつけるために子守歌をうたい、気がついたら今日になっていた……と報告する。
「なにもやってなくて、いや、添い寝だけでコレかよ……」
ルースの顔が盛大に歪んだ。
「添い寝? まあ、添い寝でしょうね」
寝かしつける側が先に眠ってしまったので、役目は果たせなかったが、添い寝は添い寝である。
うん、うんとうなずくフィリアに、ルースは頭を抱えた。どこからどう説明してよいのかと思い悩む。
「あのな……誕生してから幼少期になるあたりまで、魔力能力値が高い子どもは、できるだけ早いうちに魔力の扱いを覚え、魔力量を増やす必要がある。より魔力相性のよい親や縁者と添い寝する……というのが上流貴族――魔力に秀でた家系――では一般的なのだ」
「そうなのですか」
「ああ、そうなんだよ……」
孤児院出身のフィリアには理解できない世界である。
「いわば、それをフィリアとエルトはやってしまった。それも、一週間も目覚めることなく延々とだ」
「そんなにも長い間、寝ていた自覚がないんです。まあ、少し、身体がフラフラしたり、熱っぽかったりはしますが、飲まず食わずだったのに、空腹とか、衰弱とか、全く感じないんですよ」
だからこそ眠り続けてしまったのだろう。
「一週間も目が覚めなかったのは、おそらく、その『羊さん』とかいう呪歌が原因だろう」
「いえ、ギルド長、それは子守歌であって、決して呪歌というような大層な部類ではなく……」
めえめえとか、ぴょこぴょこなどが呪歌であるはずがない。
帝都の下町ではよく歌われているありふれた歌だ。
「歌詞ではなく、歌い手に問題があるんだ! お前たちは魔力相性がめちゃくちゃよすぎるんだ! 自覚しろ! とにかく、今後、フィリアとエルトは『羊さん』合唱禁止だ! なにが起こるかわからん」
「…………?」
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