11-10.エルトとなにをやってたんだ?

 スライムのように壁に密着している職員たちを不思議そうに眺めながら、フィリアはトレスによって非常階段の方へと追い立てられる。


「フィリアさんは、これで五階に上がってください。できるだけ急いでくださいね」


 恐ろしいことを宣言される。なにかのトレーニングか罰ゲームだろうか。

 螺旋状に天に向って延々と続いている階段を、フィリアは呆然と見上げる。


「トレスは?」

「わたしは垂直移動装置を使います」

「なぜ、ぼくだけ階段なの?」

「今のあなたに垂直移動装置を使われたら、垂直移動装置が壊れてしまいます!」

「え? それって、どういう意味ですか?」

「今、自覚がない人にここで説明している時間はありません。いいですか? 身体強化とか、移動系魔法とか、一切、使わないでくださいよ。魔法はどんな小さなものでも、禁止です! キ・ン・シ!」

「禁止?」

「そうです。禁止です!」


 トレスは何度も「魔法禁止」を繰り返し、垂直移動装置の方に歩いていった。


 仕方がないので、フィリアはひとり、とぼとぼと階段を登っていく。


 五階でギルド長の専属秘書と合流し、そのままルースの執務室に放り込まれた。

 トレスはフィリアを執務室に案内すると、逃げるように退出していった。


 乱暴な扱いを受けたが、最短でルースとの面会がかなったことにフィリアはひとまずほっとする。


 ルースは執務室のデスクにいた。

 いつもはなにかしら書類仕事をしていて、きりがよいところまで待たされるのだが、今日は違っていた。


 決済前の書類は机の隅に積み上げられ、ルースはなにもしていなかった。

 暗い顔で腕を組み、置物のようにじっとしている。

 一週間ぶりのルースギルド長は、少しやつれ、元気がないような気がする。そして、目の下にはくまができていた。


 ルースと目があったとたんに、大きなため息をつかれた。


「どういうことだ? 何故、たった一週間でこんなにもなるんだ……」


 帝都冒険者ギルドのギルドマスターは、ものすごく、ものすごく、深刻な顔で吐き出すように言うと、頭を抱えて机につっぷした。

 勢い余って額を机にぶつけたのか、ゴンという鈍い音が聞こえた。


 フィリアとふたりっきりだと、ルースの態度と言葉はとたんに砕けたものになる。


「エルトとなにをやってたんだ?」

「え……」


 一瞬、予想していなかった質問に、フィリアは返事に詰まってしまう。


 一週間もひたすらなにもせずにぐうぐう寝ていました……なんて恥ずかしすぎる。


 恥ずかしさのあまり、一気に体温が上昇し、顔が赤らむのが自分でもわかった。

 なんと答えてよいのかわからず、フィリアの視線があらぬところを彷徨う。


「……いや、具体的な説明をおまえに求めたわけではない。単なる独り言だ」


 ルースはひらひらと手を振る。

 随分と大きな独り言である。


「ちびっ子たちの次は、おまえかよ……」


 ルースの責めるような視線が痛い。


「あの……ぼくがなにかをしましたか?」

「おまえ、自覚がないのか?」

「自覚……ですか?」


 フィリアの返事に「これは重症だ」と言って、ルースは呆れたように首を振る。


「おまえの冒険者カードは、どうなっている?」

「あ、それなんですが……」


 フィリアはドッグタグをとりだし、【テータスオープン】と唱える。


「今朝、冒険者カードを見てみたら、表示がなんだかおかしくて……」


 ドッグタグからカード型に戻すと、フィリアは自分の冒険者カードをルースに手渡した。


「やっぱりな……文字化けしているか」


 フィリアの冒険者カードを一瞥すると、カードを元に戻すように指示する。


 ルースの手の中にあるまま、冒険者カードがドックタグに戻る。


「これは暫くの間、オレが預かっておく」

「破損……でしょうか?」

「いや、壊れてはいない。むしろ、正常な状態だから安心しろ」

「はぁ……?」


 もう少し詳しく説明して欲しいところなのだが、顔色の悪いルースギルド長を見ていると、口がどうしても重くなってしまう。


「この一週間、おまえはエルトと魔力交換をやっただろう? しかも、かなりの時間……」

「魔力交換……? いえ。その……寝てました」

「なにいっ! 寝たのか! 一週間もッ! 一週間も寝たのか!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る