11-6.ボク急いで帰るね!
「た、た、大変だ! 一週間も帰らなかったら、とうさんが大変だ! 怒っている。とうさんがとっても怒っているよ!」
エルトは両頬に手をやり「どうしよう!」と悲鳴をあげる。
瞳にはじんわりと涙が浮かんでいた。
「そ、そうだよね。早く帰らないと! きっと、エルトのおとうさんは心配しているし、怒っているよ」
「うん。とうさん、すごくフィリアに怒っている。このままだと、フィリアが危ないから、ボク急いで帰るね! 少しでも早く戻らないと、大変なことになっちゃう!」
「え? ちょっと待って! エルト!」
フィリアが慌てて声をかけるが、気が動転していたエルトは詠唱なしの【帰還】魔法で、一瞬のうちに消えてしまった。
「エルト! ちゃんと服を着替えてから帰った方がぁ……って行っちゃった」
エルトはどこに消えてしまったのか。
リオーネとナニのときと同じように、ぷつりと気配が途切れてしまった。
少年が立っていた場所をフィリアは呆然と眺める。
遠いところなのか、近いところなのか……エルトの向かった先は全くわからない。
フィリアはゆるゆるとベッドに腰かけ、溜息をつく。
先ほどまでいた少年の気配を求めて、ぐるりと室内を見渡す。自分で言うのもなんだが、殺風景で狭い部屋だ。
狭く、飾り気の全くないフィリアの部屋には、備え付けのベッドとナイトテーブル、小さなクローゼットに、シンプルなデザインのライティングデスクとセットの椅子以外の家具は見当たらない。
ほとんど木箱とかわらない簡素なつくりのナイトテーブルの上には、空のカップと魔道具のランプが置かれている。
一週間もの間、魔力を補充しなかったので、ランプの光は消えている。
ナイトテーブルに置かれたままになっていた空のカップを手に取ると、フィリアは【洗浄】の魔法を唱えてカップを綺麗にしてから、水魔法をアレンジして水をカップに溜める。
そして、そのままカップの水を一気に飲み干す。少しだけ身体が軽くなったような気がした。
なぜ、自分たちが一週間もの間、昏々と眠り続けたのか、その原因がフィリアには全くわからなかった。
「エルト……大丈夫かな……」
一週間後に寝乱れた夜着姿の幼い息子が戻ってきたら……どんな父親であっても驚くだろう。
おそらくではあるが、エルトの保護者もちびっ子たちと同じく常識がなく、無茶をするような人なのだろう。
ただエルトは大切に育てられているようなので、今回の『一週間の外泊』で折檻などはない……と思いたい。
大丈夫でないのは、本当はフィリアの方なのだが……。このときのフィリアは、己の危うい立場を知るよしもないので、のん気にエルトの心配だけをしていた。
エルトはまだ幼い。例え、同年の子どもよりも強く、大人顔負けの能力を持っていたとしても、まだ未熟で華奢な存在だった。傷つけたくない。エルトは大切にしたい宝物のような、特別な存在だ。
エルトはフィリアにとって、特別な存在なのだ。
「エルト、キミの側にずっと、ずっといたいよ……。キミの一番になれなくても、ずっと側にいたい。キミを護る大人になるのには、どうしたらなれるんだろうね?」
エルトの儚い美貌をぼんやりと思い出しながら、フィリアはひとりごちる。
大切なエルトのことを考えると、頭がくらくらする。胸もドキドキした。
(いや、違う……。なにか変だ)
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