11-5.ぼくにもわからない
今日は怠惰な目覚めだった。
寝坊してしまったが、フィリアは一週間の休業をルースに命じられていた。
仲間たちも今日から(仮)を外すため、超級冒険者用の研修に参加することになっている。研修が修了するまでパーティーとしての活動もない。
急いで片づけなければならない用事もなかったはずだ。
冒険者の仕事や用事がない日は、フィリアは朝から孤児院に出向き、夜の寝かしつけまで、子どもたちの世話を手伝っていた。
孤児院に行くのは明日からにして、このままのんびりと休日を楽しむというのもありだろう。
とはいえ、二度寝する気にはなれない。
(今は何時なのかな?)
遅い朝ごはんか、早い昼ごはんか……朝昼兼用になりそうだが、寝すぎたせいか、いまひとつ体内時計の調子がおかしい。
フィリアは少年の眠りを妨げないように、細心の注意を払いながら、ベッドからそろりと降りる。
立ち上がったとき、軽い目眩がした。
慌ててベッド脇にあるナイトテーブルに手を置き、体制を立て直す。とても身体がだるい。
フィリアは覚醒を促すかのように首を左右に振りながら、ゆっくりとした動作で、窓の方へと視線を向けた。
窓の外には、目にも鮮やかな青空が広がっていた。
ガラス窓を開け、新鮮な外の空気を室内に入れる。
窓を開けたことによって、結界で隔離されていた部屋が外界とつながる。
外は帝都の喧騒であふれている。
人々の生活する気配が、生々しく伝わってくる。
向かいの建物の一階は食堂を経営しており、ここに住む冒険者たちはよく利用していた。
もちろん、フィリアも顔なじみであった。
肉を焼くいい匂いがここまで漂ってくる。
外の眩しさと賑やかさに目を眇めながら、フィリアは口の中で【遠視】の呪文を唱え、窓の外の先を視た。
しばらくすると帝都の中でも、ひときわ目立つ魔塔がはっきりと、大きく見えてくる。
フィリアはさらに魔力を込めて、尖塔部分にある時計を確認する。
時計の数字は一から二四ある。
短針は十一を指していた。
十一の刻(午前十一時)を半分以上過ぎたところだ。
時刻を刻む時計の他にも文字盤があり、それを読み込めば、今日が何月何日かがわかる。
と、その文字盤を見たフィリアの表情がこわばった。
瞬きを何度も繰り返し、文字盤を睨みつける。
「え? えええ――っ!」
エルトが眠っていることも忘れ、フィリアは大声をあげる。
「なんで? どうして? どういうこと!」
目をこするが、文字盤の数字に変化はない。
フィリアの顔から、一気に血の気が引いていく。
「フィリア、どうしたの? なにに驚いているの?」
エルトは寝ぼけた表情でもぞもぞとベッドからはいでると、フラフラと窓の方に歩いていく。
なにかに吸い寄せられるかのようにフィリアの太もも辺りに腕を回し、ぴたりと抱きつく。
とても可愛らしい仕草だったのだが、魔塔の時計に気をとられていたフィリアは、エルトが起きたことにも気づかない。
フィリアは一点を凝視したままぴくりとも動かなかった。
「…………」
自分の相手をしてもらえず、エルトは少し不満そうな顔になる。頬を膨らませながら、がんばって背伸びをして、窓の外を眺めた。
抱っこしてもらえなかったことにがっかりしながらも、エルトはフィリアと同じ【遠視】の呪文を唱え、彼の見つめる先を追いかけていく。
「え! え? ええっ? どうして!」
エルトも驚き、文字盤を凝視する。
「ねえ! フィリア、これって、どういうコト?」
「いや、ぼくにもわからない……。どういうことなんだろうね」
ふたりは呆然とした表情で、互いの顔を見る。
「ねえ! どうして、どうして、フィリアと会ってから一週間もすぎちゃっているの!」
「わからない。わからないけど、あれから、一週間が過ぎている。もしかして、ぼくたち、一週間も眠り続けた……のか?」
にわかには信じられないことだったが、ふたりとも魔塔の時計がいかに正確なものなのかよく知っている。
今日はフィリアとエルトが会った次の日、ではなく、ちょうど一週間がすぎた日だった。
つまり、今日という日は、ルースギルド長から言い渡された、ちびっ子たちの謹慎と、フィリアの休養期間が終わる日だった。
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