11-2.ボクのコト嫌いになった?

 目が覚めたとはいえ、悪夢の余韻をひきずっているようで、エルトに元気はない。

 怖い夢だったのだろう。身体が小刻みに震えている。ぴたりとくっついて、なかなか離れそうにもない。


 心に余裕ができてくると、お互いの身体は寝汗でぐっしょりだということに気づく。

 フィリアはエルトをくっつけた状態のままで、【洗浄】と【洗濯】魔法を唱え、汗をかいた身体と汗で湿った夜着やシーツを清潔な状態にする。


 エルトは離れない。

 離れないどころか、ますますぴたりとくっついている。


 こうしていると、十歳の子どもというよりは、四、五歳くらいの……ひとりで眠るのを怖がる子どものようだった。


「エルト、喉は乾いてないかな? 水を飲むかい?」


 フィリアの質問にエルトが小さく頷く気配が伝わってくる。


 ナイトテーブルに置かれたままになっていた空のカップを手に取る。【洗浄】の魔法を唱えてカップを綺麗にしてから、水魔法に少しアレンジを加えて、水をカップに溜める。


 エルトはフィリアの膝の上に座りなおすと、ゴクゴクと音をたてて、カップの水を一気に飲み干した。


「フィリアのお水って、冷たくて、とても美味しい……。おかわり」


 コップを受け取ったフィリアの顔に、安堵の表情が広がる。

 エルトと同じコップ二杯分の水をフィリアが飲み干すと、部屋に沈黙が訪れた。


「フィリア……びっくりしたよね? ボクのコト嫌いになった?」


 薄暗い中、少年の濡れた黒い瞳が、フィリアをじっと見つめている。


 この黒は……夢で視たあの闇の色だった。

 闇色の瞳がフィリアをとらえる。


「まさか。そんなことないよ。ぼくはエルトを嫌いになんかならないよ」


 ゆっくりと、はっきりと、フィリアは答える。

 このコトバが、エルトの心に染み込み、少しでも魂の傷が癒やされることを願いながら、フィリアはエルトを見つめ返す。


「嫌いじゃなかったら……フィリアはボクのコト好きなの?」

「うん。エルトのことは好きだから、安心してね」


 フィリアは怯えている少年の頭を優しく撫でる。

 エルトの黒い髪の毛はサラサラつやつやしていて柔らかく、こうして触れていると、とても気持ちがいい。


「エルト……その……」

「どうしたのフィリア?」


 少年が落ち着いてきたタイミングで、とりあえず質問してみる。


「こんな時間だけど、自分のおうちに帰る? おとうさんのところに戻りたい?」

「やだ! フィリアと一緒に寝る!」


 即答だった。

 びっくりするくらいの強い力でしがみつかれる。

 その必死さに驚いてしまう。


 こんなに嫌がっている子を、無理やり家に帰すのも気が引ける。

 少しの逡巡の後、真夜中に戻るのも、次の日に戻るのも、そんなに変わらないか、とフィリアは思い直す。


「わかったよ。まだ、真夜中あたりだから、もうちょっと寝ようか? 横になることはできるかな?」


 エルトを一晩、預かるとしても、夜更かしはいけない。

 悪夢に怯える幼い子どもには過酷なことかもしれないが、やはり眠った方がいいだろう。


 今日、いや、昨日は【転移】の魔法を多用し、ゴブリン王国を殲滅させたり、フィリアと鬼ごっこをしたりして、エルトは相当な魔力を消費したはずである。

 ゆっくり休ませ、回復させる必要があった。


「うん。フィリアと一緒なら、ボク、もうちょっと眠れるよ」

「じゃあ、寝ようね」


 ふたりは仲良くもぞもぞとベッドの中に潜り込んだ。


 エルトがくっついてきたので、背中に手を回して抱き寄せる。


 部屋はとても静かだった。

 エルトは布団の中に潜り込んだが、眠ろうとする気配はない。


 知りたいことはたくさんあったが、フィリアはぐっとがまんする。


「フィリア、あのね……たまにね……夜中に……すごく、胸が痛くて、苦しくなって、そういうときは、決まってとうさんに起こされるんだ」

「うん」

「そのときのとうさんの顔、とっても怖い顔をしているんだ。さっきのフィリアも同じ顔をしてた」

「そうか……怖がらせてごめんね」

「ううん。フィリアが悪いんじゃないよ」

「エルトも悪くないからね」

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