11-1.羊さん 羊さん
「いやああぁぁぁぁっ!」
「うわぁぁぁぁっ!」
魂の奥底から発せられたような激しい悲鳴が聞こえ、胸をえぐられるような激痛に襲われる。
フィリアもまた大声をあげて……次の瞬間には飛び起きていた。
真っ暗な闇の中……ではなく、魔道具のランプの明かりでほんのりと照らされた部屋の中にいた。
呼吸が荒い。
びっくりするくらい汗をかいていた。
(あれは……。あの光景は……夢?)
大きく息を吐き出すと、乱れた髪をかきあげる。
夢ではなく、ものすごく禍々しい悪夢だった。
それも、とびっきりリアルな悪夢だ。
むせ返るような血の匂い。ねっとりとまとわりつく闇と、抗えぬ闇の誘惑。
フィリアは胸の辺りを押さえながら、ぶるりと震えあがった。
胸が……胸が……すごく痛くて熱い。
まるで、熱く焼かれたナイフを突き立てられたような生々しい痛みが、胸に残っている。
夜中を少しすぎた頃だろう。
夜の闇と、夢の闇が混ざりあって、現実との境界が曖昧に感じる。
が、幼い子どもの悲鳴が、フィリアを一気に正気に戻した。
「いやだぁぁぁぁ!」
「エルト!」
美しい少年は、涙を流し、叫び声をあげながら、ベッドのなかで悶えている。
「まずい! エルト!」
尋常ならざるエルトの取り乱しように、フィリアは慌てる。
(起こさなければ!)
根拠はなかったのだが、このままの状態で眠らせ続けるのはよくないと、本能が警告を発している。
「いやぁっ! やだ! やめて――!」
助けを求める悲痛な声。
少年は悪夢の中へと引きずり込まれようとしている。
「エルト! 起きて! 起きて! 起きるんだ! 寝ちゃだめだ!」
身体をばたつかせ、悲鳴をあげつづける少年に、フィリアは大声で呼びかける。
「こ、こないで! やだ! やだ! たすけて! とーと! とーと! どこにいるの!」
「エルト!」
ベッドの中で苦しそうにもがくエルトを、フィリアは慌てて抱きあげる。
ひやりとした少年の体温に、フィリアは恐怖を覚えた。
「たすけて! とうさん! やだっ! たすけて! フィリア! フィリア!」
「エルト! 起きて! それは夢だよ! エルトは夢をみているんだ!」
フィリアはぎゅっと、力を込めてエルトを抱きしめる。
冷たく冷え切っている少年の身体に温もりが戻るように、少年が悪夢から解放されるように……。それだけを願いながら、美しい少年を抱え込む。
そして、幼子をあやすように、ゆっくりと背中をなで、ポンポンとたたきはじめる。
羊さん 羊さん
遠い夢のお国に お住いの
ふかふか モフモフ 羊さん
たくさん たくさん きてください
たくさん たくさん きてください
怖いゆめを やっつけて
楽しいゆめを くださいな
遠い夢のお国に お住いの
羊さんがやってきた
羊さん 羊さん 羊さん
では ごいっしょに いい夢みる呪文を
唱えましょう
では ごいっしょに
めえ めえ めえ
ぴょこ ぴょこ ぴょこ
めえ めえ めえ
ぴょこ ぴょこ ぴょこ
羊さんは何匹だ……
背中を叩くリズムにあわせて、孤児院で歌っていた子守歌を口ずさむ。
怖い夢を見た、と言って泣いている子どもも、この歌を聞いたら、最後は笑顔になって眠ってくれる。
歌の途中でエルトの悲鳴が小さくなり、すすり泣く声にかわっていく。
緊張でこわばっていた身体から、ゆるゆると力が抜けていくのがわかった。
氷のように冷たかった身体も、ゆっくりと体温を取り戻していく。
「フィリア……」
鼻をグズグズいわせながら、エルトがフィリアの首に腕を回して抱きついてきた。
「目が覚めた?」
「うん……ボク……また、怖い夢をみたんだね……」
「ごめんね。すごくうなされていたから起こしちゃった。まだ夜中だけど……」
「ううん。起こしてくれて……ありがとう」
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