11-3.だから、とっても怖い……
フィリアの言葉に、エルトはびっくりしたような顔をする。
「エルト、夢の内容は……覚えているの?」
「ううん。目が覚めたら忘れてる。だから、とっても怖い……」
「そっか……」
フィリアは優しくエルトの背中を撫でる。
エルトの温もりを感じながら、自分が視た夢はなんだったのか……と考える。
夢の内容を思い出しただけで、胸に激しい痛みが走り、恐怖で震えが止まらなくなる。
魔力の相性がいい者同士は波長も似ており、感応力が高まる傾向にあるという。
相手が大怪我をしたらその痛みを感じたり、危機が迫ると胸騒ぎがするとか。同じ夢を視る可能性もあるだろう。
魔法の概要について、フィリアはルースギルド長から教わったのだが、そのときは魔力相性がよい者同士がめぐりあう確率はとても低く、そんなことを体験することもないだろう……と、さらりと流されただけで、詳しくは教えてもらっていない。
(こんなことなら、ギルド長に魔力相性のことについて、もっと詳しく聞いておけば、いや、自分で調べておけばよかった)
とちょっぴり後悔する。
ということで、『エルトの視た夢に同調してしまった』と考えるのが自然だ。
そして、エルトの夢は……実際に彼が幼い頃に体験したことなのだろう。彼が無意識のうちに、意識の奥底に追いやっている記憶だ――とフィリアは悟る。
根拠はない。
だが、自分の推測は間違っていないという確信があった。
(エルトは幼い頃、圧倒的な闇の存在に、生贄として捧げられたんだ。そのときに……呪いを受けてしまったのか)
推察ではない。なぜか、フィリアにはわかってしまった。そういう不思議な夢だった。
自分たちヒトの視点からみれば、アレは禍々しい『呪い』だ。
だが、あの『闇』にしてみれば、気に入った『生贄』に『祝福』を与え、気まぐれに『力』を授けただけのことだ。
エルトを死の淵から救ったのは、間違いなくあの『闇』だ。そして、今もなお『闇』によって生かされている。
少年の過酷な過去、そして、絶望的な未来を予想し、フィリアは泣きたいのを懸命にこらえる。
「フィリア……震えているよ?」
不安そうなエルトの声を聞き、フィリアの揺れていた心が静かになる。
「うん……震えているね。寒いのかなぁ」
「寒いの? じゃ、ボクが温めてあげるね」
といいながら、フィリアにくっついてくるエルトがとても健気だった。
まだまだ寒さに震える季節ではないが、夢のことについては沈黙しよう、とフィリアは決めた。
興味本位で触れてよいことではない。
口にだしただけで、『闇』の存在を呼び寄せてしまいそうだ。
夢のことは誰にも話さない。
言葉にしてはいけない禁忌だ。
あの夢の内容は、己の胸の内にだけしまい、エルト本人にも話してはいけないことだと強く言い聞かせる。
エルトが忘れているのは、まだ、思い出すべきときではないからだ。
今、思い出したら、エルトの魂はその衝撃に耐えることができずに、確実に壊れてしまうだろう。
「ねえ、フィリア」
「なんだい、エルト?」
「さっきの……『羊さん 羊さん』っていう呪歌、おもしろいねぇ。ボク、はじめて聞いた」
「いや、あれは呪歌じゃないよ、子守唄だよ」
「そうなの? 歌にすごく魔力を感じたんだけど?」
エルトが不思議そうに目を動かす。
「あの歌はね、怖い夢をみて眠れなくなった子に歌ってあげる子守唄なんだよ。孤児院にいた頃、よく歌ってたんだ」
「そう……なの」
すごく懐かしそうな表情で語るフィリアをエルトはじっと見上げる。
「孤児院では、眠れないときは、歌をうたってくれるんだね」
「ん? エルトはどうしているの?」
「とうさんが、お話ししてくれる!」
「そうなんだ。優しいおとうさんなんだね」
「うん。ボクが眠れないときは、歴代皇帝の偉業をお話ししてくれるんだ。そしたら、すぐに眠くなるんだよ!」
(歴代皇帝の偉業……?)
とても眠くなりそうな話題には間違いない。
だが、子どもに語る寝物語とは真逆の話題に、フィリアは思わず首をひねる。一体、どういう環境でエルトは育っているのだろうか。少し心配になる。
孤児院育ちのフィリアには一般家庭の常識はよくわからない。
でも、普通の家庭では、歴代皇帝の偉業を子どもの寝物語に使いはしないだろう。それくらいはわかる。
やはり、この歳でゴブリン王国を殲滅させる子どもは、育った環境も保護者も教育方針も普通とは違うようである。
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