10-13.わたしはいい仕事をした

「アレとセイランの相性がよかったとして」

「ギンフウ、それはちがう。綺麗な顔の魔法剣士とセイランの相性は抜群」

「抜群って……」

「そう。あれは、もう、赤い糸で結ばれた恋人同士。魂の伴侶。前世では絶対に、恋人で間違いない。時を超えて、転生し、数々の障害を乗り越えて運命のめぐり逢いをはたした。ふたりはいつでも、どこでも結ばれ……」

「カフウ……ちょっと待て。なんだ、その赤い糸とか、魂の伴侶とか、転生とか……どこで、そんな言葉を覚えてきたんだ? というか、どういう意味だ? なにが言いたい?」


 ギンフウが慌ててカフウの言葉を遮る。


「コクランの出版社が刊行している『ラ・ブーロ・マンス文庫』で勉強した」


 カフウはドヤ顔で、こぶしを握り、親指を立てて上に向ける。


「な、なんだ? その奇妙なタイトルは?」

「いえ。ギンフウそれは、本のタイトルではなく、レーベルです。若い女性たちに人気の恋愛物語を冊子形式で販売しています」

「なに? レーベル? 恋愛物語? どうして、ランフウがそんなことを知っているんだ?」

「うちの……ギルドの女性職員たちが結託して、共同購入して回し読みしています。先日、休憩室にラ・ブーロ・マンス文庫専用の本棚ができていました」

「…………」


 ギンフウは口を閉じると、ゆっくりと首を左右に振る。


 コクランの出版社が発行している育児書によると、娘にはそのうち反抗期が訪れ、父親が理解できないようなことを言い始めるが、優しく見守るように……と書いてあった。


 記述ではもう少し先のことだと思ったのだが、すでにその時期に差し掛かったというのだろうか。

 カフウの話す言葉の半分ほどしかギンフウには理解できない。


「ギンフウ、心配は不要。アノ綺麗な顔の魔法剣士と魔力交換すれば、セイランの魔力量不足問題も改善される可能性が非常に高い。綺麗な顔の魔法剣士は魔力をいっぱい持っているのに、上手に活用できていないから、セイランに有効利用されてちょうどいい」

「え…………?」

「使えていない魔力は、セイランがもらって使えばいい。セイランの魔力が増えれば、セイランの体調もよくなる。元気になって、小さなセイランも大きくなる。わたしはいい仕事をした」


 もう一度、親指をビシッとつきたて、胸をはってカフウは誇らしげに宣言する。


「いい仕事って……」

「褒めてくれないの?」


 不思議そうな顔でカフウがギンフウに尋ねる。


「あ、ああ……よく気がついてくれたな。大手柄だ。セイランは大事にしないとな」


 ギンフウはカフウの頭を撫でる。

 目線がはるか遠くを向いている。

 ギンフウは自分が何を言っているか理解していないだろう。これは、相当やばい……。とランフウは冷めた目でギンフウを観察していた。


 ギンフウの言葉に、カフウは嬉しそうに頷いている。


 部屋を退出する子どもたちを見送ると、ギンフウは大きなため息を漏らし、長椅子に身を沈めた。


「…………ランフウ」

「はい」


 抑揚の全くないギンフウの声に、ランフウは思わず震え上がった。


 全ての感情を消し去ったギンフウの横顔はとても美しく、恐怖と同時に畏怖の念を抱かせる。


 ランフウの背筋が勝手に伸び、緊張した面持ちで、ギンフウの命令を待つ。


「手段は問わない。死んでなければそれでいい。どんな方法を使ってもいいから、近日中にアレをオレの前に連れてこい」

「は……い。でも……」

「アレはオレが堕とす。その後は、副ギルド長でもなんでも、好きなように使い倒せ」


 冷然とした口調でギンフウは言い放つ。


(怒らせてはいけないヒトを怒らせてしまった……)


 自分の希望が聞き届けられたとはいえ、手放しでは喜べない状況である。

 ランフウは逃げるように、その場を退出したのであった。

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