10-10.二週間

 軽く目を閉じ、ギンフウはため息を吐く。部下たちの前では冷静沈着で無表情を装うことができるのに、子どもたちの前だとどうも調子が狂う。


「いい機会だ。家でじっとしているのも退屈だろう。しばらくハクランのところに戻って、魔法の基礎をもう一度、学んでこい。期間は……二週間もあればいいか?」


 本当は一か月くらい謹慎させたいところなのだが、外に出ることを覚えた子どもたちにそれは難しいだろう。

 ギリギリ二週間だとギンフウは判断する。


 閉じ込めてばかりでは、心の成長がいびつになる。

 子どもたちには様々な世界を学ばせ、陽の当たる世界の仕組みを理解させなければならない。

 能力値の成長がもう少しゆっくりであればここまであせる必要もなかった。しかし、大樹の精霊様の祝福という加速がついてしまった今は、のんびりもしていられない。


 ギンフウの命令に、子どもたちの顔が微妙に歪む。


「酒ばっかり呑んでる、生活力皆無の引きこもりのところに二週間?」

「駄目な大人の見本。万年酔っぱらい。クズのところに二週間……」

「おまえらの言う通り、ハクランは引きこもりな酔っぱらいで、生活力は皆無なクズだが、魔法の知識だけは間違いないことも覚えておいてやれ」


(酷い言われようだ……)


 子どもたちの魔法の師であるハクランに、ランフウはこっそり同情してしまった。一番ひどいことを言っているのは、ギンフウだろう。


 副官だった男に対してあんまりな……いや、副官だったからかもしれない。


 五年前のあの事件以降、ハクランは酒に溺れ、森の奥にある深い洞窟の中に潜ってしまった。そして、人との積極的な交流を絶ったのである。


 そして、子どもたちを世間の目から隠すのには、うってつけの人物でもあった。


「わかったよ。二週間だな? 延長はなしだからな! その間、ハクランの世話をしてきてやる」

「ハクランの蔵書、楽しみ」


 『深淵』の中で閉じこもっているより、ハクランの住んでいる森の中を自由気ままに過ごす方がマシだと判断したのだろう。


 ハヤテはあっさりとギンフウの命令を承諾した。カフウの心はすでにハクラン所有の魔導書へと向かっている。


 二週間、子どもたちがハクランと一緒に大人しく隠遁生活もどきをしていてくれれば、今日の問題もある程度は収束するだろう。


 ギンフウが子どもたちをどうしたいのか。どう使いたいのか。ランフウにはわからない。


 この子どもたちを本当にここで『育てる』のだとしたら、感情を捨てることを教え始めなければならない時期にきている。


 ランフウは命令されたので、子どもたちを冒険者としてしっかり育てなくてはならないが、初日からこんな顛末では、先行きが不安である。


「お土産がある」


 カフウは自分の収納袋をゴソゴソさせながら、両手で抱えるくらいの大きな魔物石をとりだし、ギンフウに手渡す。


「ゴブリンキングの魔物石か。なかなか……立派だな」


 ナニ……カフウが土産として魔物石を欲しがったという報告は事前に受けていたが、実際に養い子からもらうと、感慨深いものがある。

 というか、本当に『お土産』を貰えるとは思ってもいなかった。


「ギンフウには一番大きくて綺麗なものが似合う」

「大切にするよ」


 珍しく、本心からでた言葉である。

 ギンフウは大きな暗い緑色の魔物石を眺めながら、どこに飾ろうか、それとも、人目につかないところに保管しておこうかと思案する。


 しかし……。


「魔物石は使用して消費するもの。保管するものではない」


 カフウが淡々とギンフウの言葉を訂正し、養父の浮かれた心をぽっきりと折る。


「……まあ、そうだな」


 表情こそ変化はみられなかったが、ギンフウが落胆しているのが伝わってくる。

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