10-9.ただいまー

 ギンフウは応接机の上に放置していた書類の束を手に取ると、素早く席を立ち、大股で執務机の方へ移動する。


 書類を引き出しの中にしまい、なにごともなかったかのように再び長椅子に腰かけたとき、ノックと同時に扉が勢いよく開いた。


「ただいまー」

「帰還した」


 パタパタと小さな足音をたてて、戦士の恰好をした赤髪の少年と、魔術師の恰好をしたハーフエルフの少女が、ギンフウの方に駆け寄ってくる。


 褒めて。褒めて。と尻尾を振りながら、目を輝かせて寄ってくる子犬の幻が、部屋にいた大人たちには見えた。


「ああ。お帰り」

「ハヤテ、カフウ、今日はよく会うね」


 ギンフウは優しい笑顔を浮かべ、子どもたちを迎え入れる。

 隣に座っているランフウの顔にも微笑みが浮かんでいた。


 大人の魅力に溢れた美形ふたりが、キラキラした笑みを浮かべて並んで座っている……。


 冒険者ギルドの受付嬢ペルナが見れば、感激のあまり泣いて喜び、踊りまくるだろうが、美形ばかりに囲まれて育った子どもたちにはさほど珍しくもない、ありふれた光景だった。


「あ、ランフウだ……」


 ハーフエルフの少女カフウが、ランフウを指さす。

 フードは被っていないので、すごく嫌そうな顔をしているのがまるわかりだった。

 毛を逆立てて威嚇する子猫のようだ、とランフウは思った。


 一方、赤髪の少年ハヤテは、嫌悪感を少しも隠そうともせずに、ランフウを睨んでいる。


「よく戻った。ご苦労……と、言いたいところだが、あれほど目立つなと言ったのに、なんだこのザマは? 目立つという意味がわかっていないのか?」


 ギンフウの淡々とした叱責に、子どもたちの表情が一瞬だけ強ばる。


「んっだよ! おれたちのこと、ギンフウに言いつけたんだな!」


 大人顔負けの殺気の籠もった目で、ハヤテがギンフウではなく、ランフウを睨みつける。

 盛大に噛みついてくる。

 こちらは、キャンキャン鳴きわめいている子犬といったところだろう。


「わたしもできることなら、こんな理由でココに来たくはなかったのですが……。大人の世界には、報告義務というものがありますからね」


 ぶつけられているのがマイナスの感情であっても、己の感情に正直な子どもたちをとてもうらまやしく、楽しいとランフウは思った。


「大人って性格悪いし、本当にメンドウだな……」


 ランフウに軽くあしらわれ、ギンフウの咎めるような視線を察知し、ハヤテは口を閉じた。下唇をきゅっと噛みしめる。


 ギンフウから椅子に座るように言われれば、ハヤテは荒々しく勢いをつけて椅子に座り込む。

 先に座っていたカフウがその反動で、軽く跳ね上がった。


「ハヤテは品位に欠ける」

 

 カフウから冷ややかな目で睨まれ、ようやくハヤテが静かに……しょんぼりと……なった。


「一週間の謹慎だってな?」

 

 子どもたちに語りかけるギンフウの声はとても静かだった。


「冒険者カードも没収された!」


 ハヤテにしてみれば『今日の扱われ方』には納得がいかないようで、ランフウに向かってキャンキャン文句を言っている。


「威力過多の魔法を連発したそうじゃないか?」

「それぞれ一回しかやってない!」

「古いとはいえ、砦をひとつ消滅させたんだぞ?」

「砦のくせに、脆いんだよ! あんなに簡単に砦が消えて、大穴があくなんて、思ってもいなかった! 砦なら、ココみたいに頑丈なつくりになっているって思うだろ!」


 と、反論するハヤテに、ランフウは再度、頭を抱えた。

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