10-6.ほぼ、マックロだな

「今日は災難だったな」


 ギンフウの執務室に入って、真っ先にかけられた言葉がこれである。

 他人事のような、揶揄うような響きが含まれていることに、ランフウは少々ムッとする。


「ええ、まぁ……」


 ランフウは表情を消して、言葉を濁した。入り口に留まり、おとなしく次の指示を待つ。


 今日はどれだけ、あなたの養い子たちに翻弄されたことか……。せめて見張りを……監視をつけてくれ。と苦情を言ってやりたいところだが、ぐっと我慢する。


 この部屋の主であり、ランフウたちのボスであるギンフウは、部屋の奥に鎮座している執務机に向かって執務中……ではなく、応接セットの長椅子に座っていた。


 隻眼の美丈夫は、真剣な表情で分厚い書類の束に目を通している。


 ギンフウは書類からは目を離さずに、手だけを動かして向かいの席ではなく、己の隣に座るようランフウに指示をだす。


 ランフウは静かに移動し、ギンフウの隣に並んで座り、彼が書類を読み終わるのをじっと待つ。

 その姿は、待てを言い渡された犬のようであった。


 書類は最後の方だったらしく、ほどなくしてギンフウは供述書を読み終える。


「……はっきり言いますが、ギンフウは部下を育てるのは上手いですが、子育てはダメダメですね」

 

 ギンフウが読み終わった書類を応接机の上に置いたのを合図に、ランフウが口を開く。


 机の上に置かれた書類の束は、わざわざ確認するまでもなく、ランフウがヤマセに届けさせた報告書だった。ちびっ子たちの供述書ともいえる。それには今日の出来事が、こと細かに記載されていた。


「痛感した。迷惑をかけたようだな」


 淡々としたギンフウの口調に、ランフウの顔が不快感で歪んだ。

 ギンフウの冷然とした反応をみると、本当に彼が痛感しているのか、反省しているのか疑ってしまう。


「ギンフウ『迷惑をかけたようだ』ではありませんよ。『迷惑をかけている』です。まだ問題は片付いていません。現在進行形です!」


 明日から本格的にランフウ……いや、ルースギルド長としての、調整作業という名の激務がはじまるのだ。


 勝手に過去形にしないでいただきたい、とランフウは強めの口調で反論する。

 そこはしっかり共通認識として、ギンフウには把握しておいてもらわないと困る。


 ランフウは懐から数枚の書類をとりだし、ギンフウに手渡した。


「なんだ? これは?」

「ゴブリン王国を殲滅し終えた後の、ハヤテ、カフウ、セイランのステータスを書き写したものです」

「いや……それはわかるのだが……」


 ギンフウの眉がひくひくと動いている。


「この黒く塗りつぶしている部分は?」

「文字化けしており、解読不可能だった箇所になります」

「……ほぼ、マックロだな」

「はい。解析に失敗しました」


 ランフウは淡々とした口調で述べる。

 リョクランに怒られるのを覚悟の上で、回復薬を一度に二本一気飲みし、ちびっ子たちの登録用紙を金庫書庫からとりだして閲覧したのだが、ほとんどの文字が文字化けした状態で読むことができなかった。


 今までにないくらい派手に吐血しただけで、ランフウは必要とされる情報を拾うことができなかったのである。

 用事を終えてギルド長室に戻ってきたヤマセは、目の前に広がる大惨劇に悲鳴をあげ、涙を流しながらリョクランを叱った。


 血の海はヤマセの魔法で綺麗になったが、ランフウの怪我は治癒魔法では治せない。

 身体のダメージも深刻だったが、今回は精神的ダメージの方がより大きかった。


 数多の修羅場をくぐりぬけてきたヤマセですら驚くようなダメージを負いながら、必死の思いで子どもたちの登録用紙を解読しようとしたのに、解読できなかったのだ。


「まさか……たった半日で、あいつらのステータスが登録用紙の限界値を越えてしまったのか?」

「いえ。まだ、そこまでには至っていません。精霊の祝福で取得経験が『ぐんと』増加したとはいえ、まだまだ、わたしたちの方が様々な面で勝っています」


 ランフウの報告を聞き、ギンフウは軽く溜め息をついた。


「精霊の祝福か……」


(大樹の精霊様も、余計なことをしてくれるものだ)

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