9-8.ぶほ――っ!

 今日の朝……。

 フィリアは冒険者ギルドの一階にある酒場にいた。


 冒険者ギルドの一階は、広いホールと受付カウンター、その隣のエリアは、冒険者向けの酒場になっている。


 規模は違えど、冒険者ギルドの一階は、どこもこのような受け付けと酒場という配置になっている。


 冒険者ギルドの酒場は、駆け出し冒険者の懐に優しい金額メニューとなっている。

 安さを追求したアルコール度数が低い安価な酒や、水でものすごく薄めた酒などが提供されていた。

 簡単なツマミや軽食もある。

 味よりも、まずは、値段重視のメニュー構成になっているが、それなりに需要はあった。


 本来、酒場とは酒を飲む場所なのだが、ギルドを訪れた冒険者たちは、待ち合わせや、窓口が混んでいた場合の順番待ちの休憩所、近況報告の場としても利用していた。

 ひとことで言ってしまうと冒険者たちの『たまり場』だ。


 一階フロアの酒場よりは、少し奥まった場所に受付カウンターはある。

 帝都のギルドだけあって、受付嬢は五人体制。

 彼女たちは冒険者登録や依頼の受付、斡旋、報酬の手続きや各種問題の処理、悩みごとなどの聞き取り……などの窓口業務を担当していた。


 ただ、今日は五人いるはずの受付嬢は、山猫の獣人ひとりしかいなかった。それがいつもとは少し違う光景として、フィリアの目には珍しく映っていた。


 受付嬢と視線が合ったので、手を振ってみたら、とても喜ばれた。

 手を振るだけで、どうしてあそこまで喜んでくれるのか、フィリアにはさっぱりわからない。

 いつも世話になっている受付嬢が喜んでくれるのだから、悪いことではないのだろう。


 今日のフィリアは『赤い鳥』の仲間と共に、ギルドの酒場でランクアップを目指す仲間の査定結果待ちにつきあっていた。


 ランクが上になると、依頼の危険度も増すが、そのぶん、報酬もそれに見合った額を受け取ることができる。


 なので、博打で一夜で使い切るなどといったことをしなければ、蓄えというものができてくる。

 駆け出し冒険者のような、依頼を請けつづけなければ飢えてしまうその日暮らしではない。


 今日は冒険者の仕事は休みだ。フィリアは仲間や他の気が合う冒険者たちと談笑しながら、のんびりと時間を潰していた。


 座っているだけなので退屈といえば退屈なのだが、たまにはこういった、ダラダラとする日も必要だろう。


 『赤い鳥』のパーティーメンバーは、魔法剣士のフィリアをリーダーとし、重戦士のギル、斥候や交渉事に長けている軽戦士のフロル、そして賑やかな女性術師のふたり組――魔術師のミラーノと回復術師のエリーとなっていた。


 フィリアは魔法剣士という特性上、ステータスが他のメンバーよりも抜きんでており、比較的早い段階で超級冒険者となっていた。

 ギルド長からの信頼も厚く……とてもいいようにこき使われる存在でもある。


 残りの四人は上級冒険者だが、ようやく彼らも超級冒険者へのランクアップが叶う段階にまでになったのだ。


 今日の査定結果がうまくいけば、四人は(仮)超級冒険者となる。

 そして、超級冒険者用の研修を無事にクリアできたら、(仮)がとれて、正式に超級冒険者として登録されるのだ。

 もうすぐで『赤い鳥』は、超級冒険者のみで構成された冒険者パーティとなるだろう。


 超級冒険者のみで構成された冒険者パーティは数が少なく、貴重な存在だ。

 それだけでなく、五年前のあの事件以降、帝都周辺をうろつく魔物が年々凶暴になってきており、討伐難易度がじわじわと高くなっていた。


 難易度の高い依頼をだせるパーティーを少しでも多く確保したい……。

 ルースギルド長をはじめとするギルド職員からの期待というか、無言の圧をフィリアはひしひしと感じていた。


 今日は四人分の査定を待つことになるので、それで一日が終わりそうだ。


 このパーティーが結成されて四年、いやもうすぐで五年になる。


 冒険者はもともと癖の強いヤツが多いが、この『赤い鳥』のメンバーもそれなりにクセの強い冒険者が集まっていた。


 それでも、仲間内で大きな喧嘩などもなく、破綻することなく上手くやっている。

 ものすごく仲がよい、というわけではない。能力のバランスがとれ、一定の距離をおいて接し、お互いを尊重しあえているからではないか、とフィリアは考えていた。


 すると……。


「ぶ、ふっ! ぶほ――っ! ……ゴホ、ゴホッ! ゴホゴホッ!」


 果実水を飲んでいたフロルが、派手に果実水をぶちまけ、激しく咳き込みはじめる。

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