9-7.困ったなぁ
フィリアは途方に暮れていた。
「どうしよう……。なんで? どうして? どうしてこうなったんだろう……」
自室のベッドの端に腰掛け、魔法剣士のフィリアは同じような言葉を何度も繰り返す。
彼が腰かけるベッドの中では、ひとりの幼い子どもが気持ちよさそうな寝息をたてて眠っている。
少女のような恰好をした少年の名は、エルトという。
フィリアは自分が室内にいる、ということを思い出し、外套を脱ぎ、壁にしつらえてあるフックにひっかける。
それから剣帯ごと武器を外して側の壁にたてかけ、乱暴な仕草で襟元を寛げた。
身体を動かせば気が紛れる……というか、なにか妙案が浮かぶかもしれない。と思い、とりあえず武装を解いていく。
魔法剣士であるフィリアは、防御よりも魔法と機動力を重視しているので、重戦士のギルに比べて防具は軽装になる。
熟睡している少年を起こさないように注意しながら、防具も外していく。
今、フィリアがいるのは、冒険者ギルドから借りている自分の部屋だ。
三階建て共用住宅の一室。
もともと、ひとり暮らし用として建造された建物で、中古で売られていたものをギルドが土地ごと買い取ったものらしい。
独身冒険者を相手にしているので、寝るだけが前提の場所になる。
これが駆け出し冒険者になると、相部屋や大部屋の建物になるが、中級冒険者以上になってくると、このような独立した個室に住める者もでてくる。
個室ではあるが、部屋は必要最低限の広さしかなく、家具類も最低限のものしか置いていない。
フィリアは「困った。困った」と口の中でブツブツ呟きながら、ナイトテーブルの上にある、魔道具のランプに明かりを灯す。
真っ暗だった部屋が、魔法の光でほんのりと明るくなった。
少年の眠りを妨げないように、明かりの強さは最低限にする。
ぼんやりとした薄明るい光が、迷い顔のフィリアと、ベッドですやすやと眠る少年を照らしだす。
天使のような寝顔の少年。いや、天使そのものが、フィリアのベッドを堂々と占拠して、眠っているといってもいい。
「困ったなぁ……」
明かりを灯してしまったことを、フィリアは少しばかり後悔する。
少年から目が離せない。
暗闇で全くなにも見えなければよかったのだが、部屋の明かりがどうしても、連れ帰った子どもの存在を照らしだし、フィリアを追い詰める。
「これって……ゆうかい……っていうのかなぁ……」
黒髪の七、八歳くらいの華奢な子ども。
本人は十歳だと主張して譲らないが、小柄な体型も相まって、とても幼く見える。
年齢不詳といってもいい。
ちょっと力を込めて抱きしめただけで、壊れてしまいそうなくらい繊細な外見をしているが、裡に秘めている力は尋常ではない。
子どもだとなめてかかると、それこそ痛い目にあうだろう。
「困ったなぁ……」
先程から、何度、この言葉を呟いたことか。
人さらいにさらわれた子どもなどを救出したことはよくあるが、まさか、自分が『あっち側』になりそうな状況になるとは考えてもいなかった。
「このままじゃあ……やっぱり、まずいよなぁ」
指を使って少年の長い前髪を左右にかき分けると、びっくりするくらい整った容貌があらわれる。
何度かちらちらと前髪の隙間から見えていたので、予想はしていたが……本当に綺麗な子どもだった。
薄暗い部屋の中でも、少年がどれほど美しい存在なのか、はっきりとわかる。
まつ毛が長く、小さな唇はとても可愛らしい。
透き通った肌は白磁のようになめらかだ。
こんなに美しい少年は、見たことがなかった。性別を超越した存在だ。
手元が狂って、指先が頬に触れる。と、いきなり鼓動が早くなり、全身がカッと炎で焼かれたかのように熱くなった。
フィリアは驚き慌てて指を引っ込める。
張り裂けそうなくらいの激しい鼓動と、体内を駆け巡る勢いづいた魔力に、フィリアはもう少しで声をあげるところであった。
「ど、どうしよう……困った……」
美しいエルトの寝姿に、フィリアは今の状況も忘れてしばし魅入ってしまう。
エルトが本当に女の子だったら、一瞬で恋に落ちていただろう。
怯えながらもナニを大事そうに扱っていたギルのことを思い出す。
ギルの姿と自分の姿が重なり、フィリアは慌てて首を振る。
フィリアは大きな溜め息を吐きだしながら、今日のことを思い出していた。
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