9-9.ギル、行くよ

「ぎゃ――っ! ちょっと! フロル! 果実水が飛んできたわよ!」

「もうっ! 汚い! なに噴き出しているのよ!」


 女性陣が顔をしかめて、咳き込むフロルを睨みつける。


「フロル? 大丈夫?」


 隣に座っていたフィリアが、慌ててフロルの背中をさすった。


「ああ、すまん。ちょ……ちょっと……驚いただけだ」

「なにに?」


 フィリアの質問にフロルは一瞬だけ声を詰まらせたが、ホールの方を指差す。


「……いや。ホラ、あれを見ろよ。めちゃくちゃ『ちびっこい奴ら』が、ギルドにやってきたぞ」


 フロルが指し示した先には、三人の小さな子どもたちが受付ホールでウロウロしていた。


 赤髪の少年、丈の短いフードを目深に被った女の子、そして、前髪を長く伸ばした黒髪の小さな女の子?


 子どもたちは冒険者の格好をしている。

 しかも、子どもにしては、なかなか本格的な装備だった。


「あら? ちっちゃ――い!」

「え? 十歳かしら? かわいいわね。食べちゃいたいくらいかわいい」

「ホント。どんな味がするのかしら」


 ミラーノとエリーが、子どもたちを見てきゃっきゃと騒ぎ立てる。


 フードを目深に被った女の子と黒髪の小さな女の子は、物珍しそうに、ホールの中央で立ち止まり、周囲をキョロキョロと見回していた。


 存在感のある掲示板と、ハザードマップが気になるようである。


 ハザードマップの方にフラフラと近寄ろうとしているフードの少女を、黒髪の女の子が必死に止めている。


 赤髪の少年は、そんなふたりを置いて、一直線に受付へと向かっていた。


 それに気づいたふたりは、ぱたぱたと小さな足音をたてながら、赤髪の少年の後を追いかけていった。


「…………」


 『赤い鳥』のメンバーたちの目線が奥のカウンターへと移動していく。


 中年冒険者率が高い、この帝都の冒険者ギルドでは、なかなか見ることができない、微笑ましい光景だった。


 フィリアとギルも驚いた表情で、小さな子どもたちの背中を見送った。


 ここからだと子どもたちの容姿はよくわからない。


 だが、フィリアの目は、黒髪の女の子……の姿をした男の子を追っていた。


(なんだ――?)


 なぜか、目が離せなかった。

 ものすごく気になる。


 体内の魔力が脈打ち、急に激しく動き始める。胸がざわざわと騒いでどうしようもなく、全身が急に熱くなる。


 あの少年が気になって、気になって仕方がない。


 フロルがなにか話していたが、フィリアには何も聞こえていなかった。


 カウンターに並んだ子どもたちは、大人用の高い受付カウンターに苦戦しているようだ。

 その場でぴょんぴょんと飛び跳ねたり、爪先立ちをしたりしている。


 そうとわかったとたん、フィリアは席を立っていた。

 考えるよりも先に身体が動いていた。


「どうした?」


 ギルが不思議そうに聞いてくる。


「ギル、行くよ」

「どこに?」


 幼馴染のギルは、フィリアの答えを聞く前から、すでに席を立っていた。


 フィリアは何も言わずに、酒場の隅に向かい、木箱を持ち上げる。

 これはただの空の木箱だが、小人族が踏み台として、受付で使っている木箱だ。

 あの子どもたちにも踏み台は必要だろう。


 幼馴染の意図を察したギルは、軽く頷くと、両手にひとつづつ木箱を抱える。

 こういうとき、ギルは非常に頼もしく、役に立つ存在だ。


 フィリアとギルは木箱を抱え、子どもたちがいる受付へと向かった。


 ふたりの先輩冒険者たちは、子どもたちを木箱の上に載せ、身長差の問題を解決してやる。


 このまま戻ってもよかったのだが、子どもたちが受付嬢となにやら揉めそうな雰囲気だったので、フィリアはその場に留まることに決めた。

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