9-5.どう考えても、おかしいよな……

 フロルから飲食代を預かった後、フィリアは膝の上にいる『少女の格好をした少年』を、まじまじと見下ろした。


 話し相手のフロルがいなくなり、世話をやいていたエルトも眠ってしまい、ふと、ひとりで考える時間ができてしまう。


 あえて目をそらしていた数々の違和感が、フィリアの心をざわつかせはじめた。


(どう考えても、おかしいよな……)


 性別だけではない。

 柔らかいエルトの髪を撫でながら考え込むが、フィリアの疑問に答えてくれる者はいない。


 こういうとき、色々とアドバイスをしてくれる頼りになる人物は、ウキウキで妓楼へと向かっているだろう。

 幼馴染みは……考えることに関しては戦力外だ。力仕事は役に立つが、頭脳労働はダメダメだ。

 女性陣はもっての他だ。問題がさらにややこしくなるだけなので、最初から相談相手の候補にすら入っていない。


 膝の上にいる小柄な少年は、安心しきったかのように、すやすやと眠っている。

 深い眠りについているようで、酒場の喧騒はもちろん、ミラーノとエリーの大声も気にならないようだった。


 消費した魔力量や、運動量などを考えると、三人の中で一番、食欲があってもおかしくはないのだが、他のふたりに比べて、エルトはあまり食べようとはしなかった。

 もっと食べないと、『強さ』と釣り合わない。


 この調子で成長期を迎えると、どうなるのか、少し心配になる。

 比べる対象にも問題があるが、他のふたりの子どもたちと比べ、エルトは生命の輝きそのものが弱々しく、儚く感じる。


 それだけではない。

 この年齢でエルトの趣味……ではなく、彼の保護者の趣味だろう。いや、それとも、悪ふざけなのか。

 とても似合っているのが余計にたちが悪いと思うのだが……。

 エルトに少女と思わせる格好をさせ、さらには、年齢までも偽らせて、あえて冒険者にさせる意味と意図が、全くもってフィリアにはわからなかった。


 他の『赤い鳥』のメンバーや受付嬢はエルトを女の子だと思っているようである。

 エルト本人が自分の性別を主張しないということは、なにか事情があるのだろう。

 幼い子どもが傷つく姿を見たくないフィリアは、エルトの性別についてはこれ以上、考えないことに決めた。


 平民の子にしては整いすぎた身なりからして、子どもたちが、周囲の大人から酷い扱いを受けているとは思えない。

 まあ、子どもたちの様子をみていると、少しばかり、保護者に常識がないような気はする。


 でも、子どもたちは大切に保護され、成長の方向は少しばかりいびつだが、健やかに育っている。……ようには感じた。


 あえて誰も口にしないのか、それとも気づいていないのか……。上手く誤魔化しているが、子どもたちの装備は、驚嘆するくらいの、高度な守護の護りが施されていた。


 そのことからも、さぞかし可愛がられているのがわかる。


 武器は、まあ、普通よりはちょっといいかな? という程度のものだ。

 ただし、初心者が装備するには不釣り合いなものだ。防具に関しては、もう国宝級といってもおかしくないレベルだった。


 超級冒険者の自分でも、これほどのモノは手に入れることはできない。

 金銭の問題ではなく、そもそも、国宝級のモノになると、一般市場に出回るものではないのだ。


 しかも、子どもサイズ……。


 子どもたちが自分で購入できるはずもない。何者かが、子どもたちに与えたのは明白だ。


 一体、どのような状況を想定して、このような過剰装備を、惜しげもなく子どもに与えたのだろうか。

 呆れ返ると同時に、この装備を用意した酔狂な人物は、この子どもたちになにをさせたいのだろうか。と、心配になる。


 好意的に解釈するのなら、大切に育てられている……のだろう。


(過保護というか、注がれている愛が重すぎるというか……)


 多くの矛盾があり、謎がある。


 普通の子どもの枠には収まりきらないこの子たちの環境は、自分の想像の域を越えたものなのだろう、とフィリアは自分を納得させる。


 ふと、探られるような視線を感じ、フィリアは顔を上げた。

 リオーネとナニが、じっと自分を見ていることに気がつく。


「どうしたの? 追加オーダーかな?」

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