9-4.子どもが好きなんだな……
「ミラーノとエリーの暴走と、ちびっ子の無知があわさったら、どうなるか全く予測できないからな」
それにはフィリアも同意見だ。怖くて子どもたちから目を離すことができない。
「お楽しみの時間を邪魔して悪かったね」
「悪いと思ってるなら、早々に切り上げて、子どもたちを、お家に送り届けないとな。子どもの寝る時間って、早いんだろ?」
フロルの視線が下がる。
空腹が満たされて満足したのか、魔力を大量に使用して疲れたのか、エルトがさきほどからしきりに目元をこすりはじめている。
リオーネとナニはまだ満腹ではないのか、一生懸命に料理を食べていた。
「エルト、眠かったら、このまま寝ていいよ」
とびきり優しく、甘やかな声で囁く。
(なんて、顔をしやがる……)
フロルは眉間にシワをよせ、フィリアを睨みつける。自覚がないのがさらによくない。
色々な意味で、罪な男である。
そんな声で囁かれたら、誰も逆らえないだろう。
暫くすると、小さな寝息が聞こえてきた。
酒場の喧騒から護るように、優しく包み込むように、フィリアはエルトを抱きしめる。
「子どもが好きなんだな……」
とりつくろった笑顔ではなく、こんな穏やかな表情もできるんだ、とフロルは内心で驚く。
妓館でも、そういう顔で相手をしてやれば、女もすごく喜ぶのに、と思ったが、もう少し、人生経験を積んでからの方がよいかもしれない。とフロルは考え直す。妓館を血の海の館にするわけにはいかない。
「ぼくもギルも孤児院で育ったからね。孤児院の『にいさんたち』には可愛がってもらったし、『おとうとたち』の世話は当たり前だった。好きというか、落ち着くというか……」
「よくわからんが、フィリアの言いたいことはわかった」
年長者が年下の面倒を見るというのは、とても自然なことなのだろう。
そして、今も、フィリアは冒険者稼業で得た報酬の大半を孤児院に渡し、仕事の合間には孤児院に顔をだしているという。
ギルもフィリアほどではないが、孤児院との縁は続いており、――本人は不本意だろうが――ナニと上手につきあえているのだから、子どもの扱いは上手いのだろう。
「子どもといる方が、キレーなねえちゃんといるよりも、落ち着くものか?」
「その……キレーなねえちゃんといて、フロルは落ち着いているの?」
「たしかに、ガキは……キレーなねえちゃんを前にしたら、落ち着けないよなぁ」
からかうようなフィリアの笑みに、フロルはニヤリと笑って応える。
フロルは懐から財布をとりだし、大銀貨一枚をフィリア向かって指先で弾き飛ばす。フィリアが片手でキャッチしたのを見届けると、そのまま席をたつ。
「あれー? フロルどうしたの?」
「もう終わり?」
あれだけ呑んでいるにもかかわらず、ミラーノとエリーには、それほど酔った様子もみられない。
まさに、ウワバミ、ザルだ。底なしだ。
アルコールに対する耐性があるんじゃないだろうか、と心の中だけでふたりは呆れ返る。
「いやぁ、おまえらと最後まで付き合いたかったんだが、そろそろ行かせてもらうわ。女を待たせすぎているんだ。今日の彼女は、ちょっとばかし、気位が高くてな。扱いがすごく難しいんだよ」
あえて、意味ありげな大人の笑みを浮かべ、女性陣の反論を未然に封じ込める。
悪びれた様子もなく、さらりと言い放つ。下卑た感じがしないのは、彼の人徳だろうか。
「愉しむのは勝手だが、明日からは研修がはじまるからな。二日酔いとかはなしだぜ。ギルド長に酒臭いとか言われるなよ? あと、ちびっ子に卑猥なこともするなよ」
「ヒワイ? やってないよね――」
「ね――っ」
と答えながら、ミラーノとエリーはリオーネを力任せに抱きしめ、柔らかな胸をぐいぐい押し付ける。
リオーネはゆさゆさとゆさぶられながら、骨付き肉をかじりつづけている。
(それは、卑猥ではないのか?)
……と言いたいところだが、下手に口をだして、変な方向に行ってしまってもまずい。
「じゃ、おれは先に行かせてもらうけど、フィリアだけで大丈夫か?」
「大丈夫だよ」
夜の酒場には不似合いな、爽やかな笑顔で応えるフィリア。光魔法でも唱えているのか、というくらい、無意味に眩しい笑顔だ。
彼の中の優先順位をフロルは推測する。
生死を共にした仲間よりも、今朝知り合った子どもたちの無事を優先するだろう。
大丈夫だ。
事件はもう、これ以上、起きない。
フロルは己に言い聞かせると、小さな声でフィリアに囁く。
「いざとなったら、ギルをあいつらに差し出せばいいからな」
「わかってるから」
ためらいも躊躇もみせないフィリアの返事に、フロルは思わず苦笑する。
曇りの欠片もない爽やかなフィリアの笑顔に見送られ、フロルは足早に酒場を後にした。
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