9-3.財布の中身が心配だな……
フロルは渋い顔で、ジョッキの中のものを飲み込んだ。
仲間たちのいつもと少し違う様子には目をつむり、テーブルの上に並べられた、豪華な夕食のみに注意を注ぐ。
残念なことに、高レベルの毒耐性を持つ男性陣たちは、この程度の酒では酔うことができなかった。
飲んだそばから毒とみなされ、アルコールが分解されてしまうのだ。
今日の店は料理が美味しいので、まだ気が紛れるが、毒耐性はあいかわらず絶好調で、アルコール分のない、なにやら臭くて不味い液体を飲む羽目になってしまう。
子どもたちが飲んでいる果実水の方が口当たりもよく、金を払って飲む価値を実感することができる。
しかし、最初の一杯目だけは『つきあい』で、彼女たちと同じものを飲まされているのだ。
彼女たちはすでに十杯目の注文に入ったが、男性陣はまだ誰一人としてジョッキを空にできていない。
フィリアとギルは子どもたちの世話で忙しそうだが、フロルは時間をもてあましていた。
そもそも、フロルは打ち上げに参加するつもりはなかったのだ。
「退屈そうだね?」
「おまえは、ものすごく楽しそうで、なによりだよ……」
笑顔満面のフィリアに話しかけられて、フロルは干し肉を咥えながら淡々と答える。少し、嫌味っぽかったかな、と反省したが、フィリアは気づかなかったようである。
今なら、どんな酷いことをフィリアに言っても、笑って許してもらえそうだ。そんな気がした。
フィリアはエルトの食べ物にも気を配りながら、同時に、己の空腹もしっかり満たしていく。
冒険者ギルドの研修には、高貴な方々の護衛も想定して、テーブルマナーも設定されていた。
基本、真面目で高スペックなフィリアは誰よりも真剣に研修に取り組み、確実に技能をものにしている。
当然のことながら、基本的なテーブルマナーや所作も身に着けていた。
ものすごい勢いで食事をしているのにもかかわらず、がっついた様子がないのは、さすがといえる。
今はどこから見ても冒険者だが、身なりを整え、貴族の子弟が着るような衣装をまとえば、地方の男爵貴族くらいには思われるだろう。
フィリアだけではなく、子どもたちも見た目に反して、旺盛な食欲をみせていた。
巨乳に挟まれて苦しそうにしているリオーネですら、食べるものはしっかりと確保して、一心不乱に黙々と食べている。
まるで、修行中の聖職者のようである。
フロルがぼーっと見守るなか、驚くような勢いで皿の料理がどんどん空になっていく。
魔法を使う者は、消費される魔力を補うために、食事量も増える。
このペースだと、食事が残るという心配はなさそうだ。
「財布の中身が心配だな……」
「そうだね。もうちょっと遠慮して欲しいよね……」
そういう会話をしているそばで、さらに追加の酒をオーダーする、ミラーノとエリーの元気な声が聞こえた。
「今日は珍しいよね」
「なにがだ?」
想定外のことが起こりすぎて、フィリアがなにを話題にしたいのか、フロルは判断できなかった。
「フロルが打ち上げに参加するの。……今日も、本当は、予定があったよね?」
「まあな。白鈴楼のキレイドコロとよろしくやる予定だよ」
子どもたちの手前、少し、声量を落とした会話になる。
「予定だった」ではなく、「予定だよ」と答えるところからして、フロルはきりのよいところで退席するつもりでいるのだろう。
『赤い鳥』の中では最年長にあたるフロルは、冒険稼業の合間に妓館通いをやっていた。
大抵の冒険者パーティーは依頼が完了すると、その日の夜は打ち上げと称して、仲間たちと酒を飲み、夕食を楽しむ。
が、フロルはそういうものには参加せず、さっさとお気に入りの妓館に行って、美女たちと夜を愉しむというのが、お決まりの行動だった。
休暇中は、お気に入りの美女の部屋を渡り歩いているそうで、宿に泊まることもしない。
気分次第で滞在先が変わるようで、本人ですら、明日、自分がどこにいるのか予測できないらしい。
フィリアとギルも何回かフロルに連れられて妓館に行ったことがあるが、そこでフロルは娼婦たちに大歓迎で迎え入れられていた。
フロルは特別ハンサムというわけではないのだが、顔立ちはそれなりに整っている。
気配りができて、女性の扱いが上手いのだろう。フロルはその界隈では、かなりの有名人らしい。
「そっちに行けばよかったのに……」
「いや、さすがに、ちびっ子たちとお前らだけを残して、女のところに逃げ込むのはマズイだろ。それこそ、ギルド長に怒られる」
酒場で乱闘とかは、本当にやめてほしいし、リオーネの貞操も、肉食系女子から守らないといけないだろう? と、フロルはつまみをモグモグとかじりながら付け加える。
そういう気遣いができるから、フロルはモテるのだろう。と、フィリアは納得する。
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