9-2.おまえは、エルトのオカンか!
「ちょっと、ノリが悪いわねー」
「ちゃんと呑んでるぅ?」
冒険者仲間にからんでいるはずなのに、なぜか、ミラーノとエリーはリオーネを真ん中に両脇を固めるように座っており、ぐいぐいとリオーネに自慢の胸を押し付けている。
誰がからまれているのか、よくわからない図式になっていた。
(なんで、こうなるんだ……)
チーズをかじりながら、フロルは同席している面々を観察する。
左右から巨乳に挟まれ、骨付き肉を黙々とかじるリオーネは、抵抗をあきらめ、なにやら達観した雰囲気をかもしだしている。
女性陣にものすごく気に入られたようである。
リオーネがこのような目にあっているのには、ちゃんとした理由があった。
ギルド長の説教が長引き、入店した時間が少し遅かったからだ。
酒場はほぼ満席状態で、店の奥にある五人がけ用の丸テーブルしか空いてなかったのである。
この時刻であれば、どの酒場も似たりよったりの状態だろうから、一同は五人がけ用のテーブルで食事をとることに決めた。
使われていない椅子を用意してもらい、フィリアから右回りに、ギル、ミラーノ、リオーネ、エリー、フロルという順番で座る。ギルが大きいので、ちょっと隣人との距離が近い。
フィリアの膝の上にはエルトが、ギルの膝の上にはナニが座り、なんとか全員がテーブルに収まった。
前髪が長いエルトとフードを目深にかぶったナニの表情はわからない。
だが、エルトはとてもご機嫌で、ナニは不機嫌なのが気配でわかった。
フィリアとギルの態度も両極端である。
フィリアは、見ているこちらが恥ずかしくなるくらいの、満面の笑みを浮かべて、エルトを膝の上に載せている。
そして、自ら進んで料理を小皿にとり、エルトの口よりも大きな料理は一口サイズに切り分けたり、骨付き肉からは骨を取り除き、肉ばかりではなく、野菜も勧めたりと、甲斐甲斐しくエルトの世話をしている。
エルトも嫌がる素振りは一切見せず、そうされて当然のような顔で、フィリアの奉仕を享受している。
そのうち、皿に乗せるのがめんどくさくなってきたのか、「これ、すごくおいしいよ。食べてごらん」とか言いながら、フィリアはエルトの口元に食材を近づけ、エルトに食べさせ始める。
エルトもエルトで大きく口を開けて、喜んでもぐもぐと食べている。
ひな鳥に餌をやっているような、幼い子どもに食事を与えているような、ほのぼのとした空気が漂い、隣にいるフロルは居心地の悪さを感じていた。
(おまえは、エルトのオカンか!)
と心のなかでツッコミをいれる。
今日のフィリアはおかしい。言動があきらかにおかしい。それだけではなく、判断力が著しく低下している。
原因はわかっているが、それを指摘する勇気はフロルにはなかった。気づかないふりをする。
一方、ギルは血の気を無くした、顔面蒼白の状態である。
ナニはギルの膝の上で、おとなしく料理を食べている。
小皿の中の料理がなくなり、手を伸ばすが、目的の皿にまで手が届かない。
と、ギルが間髪を置かずに唐揚げが載った皿を掴み、ナニの前にそっと置く。
ナニが唐揚げを小皿に取り分けると、ギルは元あった場所に唐揚げの皿を戻す。
「…………」
今度は別の方向に、ナニの手が伸びるが、これも届かない。
いくつかある皿のなかから、ギルは迷うことなく、ポテトフライの皿を取り、ナニの前に置く。
ナニがポテトフライを小皿に移すと、ギルはまた皿を元の場所に戻す。
次は野菜炒めだったり、肉団子だったりと……ナニが希望する品を、ギルはなんの疑問も抱かずに、的確に用意していく。
(こいつも、こいつで、変だ……)
すっかり尻に敷かれているというか、女王様に仕える奴隷のような光景に、フロルは大きなため息をもらした。
「ちびっ子には酒を飲ますなよー」
うんざりとした声でフロルが、ミラーノとエリーに注意する。
「もー。フロルったら、ウルサイんだから。それぐらいわかってるって」
「あたしたちにも良識あるわよー。信じなさいって!」
上機嫌の女性陣を前に、フロルは心のなかで「信じられるか」と思いっきり吐き捨てる。良識がある奴が、自分のことを良識がある、とは言わない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます