7-5.ぼくも一緒に怒られてあげるから
「大丈夫。大丈夫。怖くないよ。ギルド長は……まあ、正直なところ、ぼくも心底怖い人だと思うけど。本当は、そんなに怖い人じゃないと思うんだ」
フィリアはエルトを抱き上げると、次から次へとこぼれ落ちている涙を優しくぬぐってやる。
その拍子にエルトの長い前髪がかきわけられ、少年のような少女のような美しい顔があらわになる。
涙に濡れた人間離れした美しい顔にフィリアはうろたえながらも、先輩冒険者としての平静を装う。
孤児院の子どもたちを慰めるときと同じように、優しくエルトの背中を叩いて気持ちを落ち着かせる。
「ホラ、泣かないで。ぼくも一緒に怒られてあげるから」
重力系の魔法で落下速度を調整しながら、フィリアはゆっくりと床の上に着地する。
まだ怖いのか、フィリアに抱きつくエルトの手に力がこもる。
ぴったりと身体をくっつけるように、フィリアにすりよってくるエルト。
フィリアはその仕草を微笑ましいと思うと同時に、あまりの可愛さに今までに経験したこともないくらいの保護欲が刺激される。
子どもにはありえないくらいの魔力をもち、高度な魔法を自在に操ることができるというのに、その存在は小さくてはかない。
そして、魂は純粋で、心はとても脆い。
朝、冒険者登録に立ち会ったときも感じたことだが、改めて、エルトを愛おしいと思った。
(ずっと、この子の側にいて、ずっと護っていたい……)
突然芽生えた感情にとまどいながらも、エルトを抱きかかえたフィリアは、ギルド長の元へと歩いていった。
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「……とりあえず、場所を移動する」
これ以上の騒ぎがおきないうちに、ちびっ子たちをギルド職員たちの目から隠さなければならない。
ルースは眉間に浮かんだシワをゆっくりともみほぐしながら、秘書のトレスにいくつかの指示をだした。
今まで扉の前でおとなしくしていたトレスが、スイッチが入ったかのように慌ただしく動き始める。
ギルド長の専属秘書は通信用の魔道具をどこからかとりだし、矢継ぎ早に各部署に指示をだしはじめる。
半泣き状態のペルナには、受付事務所に戻り、受付責任者と共に『ふたりだけ』で待機を命じておく。その他の職員は、必ず帰宅させるようにと、ルースは厳命する。
捕獲された三人の子どもは、観念したのか、今のところは抵抗するそぶりもなく、おとなしくうなだれている。
「あ、あのう……あたしたちは?」
魔術師ミラーノが手を上げ、おずおずとルースに質問した。
それには、いつまでこの子を縛り上げておいたらよいのですか、という質問も暗に含まれていた。
最後のひとりが捕まってからリオーネの抵抗は今のところないが、油断すると、すぐに逃げ出しそうだった。
この状態を維持するのには、魔力も集中力も必要である。
例えるのなら、聞き分けのない活きのいい若いドラゴンをずっと縛り続けているようなかんじだ。
いい加減、疲れてきた。
ルースの冷ややかな視線が、ミラーノに注がれる。
「誰がこのちびっ子たちを運ぶんだ?」
あっさりとした答えがかえってきた。
「ハイ。ソウデスネ。アタシタチシカイマセンネ……」
説教にお前らも同席しろ、という無言の圧を感じ取り、ミラーノとエリーの巨乳コンビは落胆する。
用事が済んだら、昇格祝いでぱーっといこう、と話していたのに、予定が狂ってしまった。コトがコトだけに、本日中に開放してくれるのかも怪しい。
最初からギルド長の説教に同席する気満々のフィリアは別枠だが、ギルとフロルはすでに達観しているようだった。
己の運命を粛々と受け入れている。目は虚ろで、彼らからの反論はない。
「ギルド長、査定作業は続行していいんだよな?」
今度はドワーフの査定責任者が、手をあげて発言する。目が期待でキラキラしているのは、いたしかたないだろう。
「…………」
ルースは大きなため息を吐き出した。
五年の歳月をかけて、ギルド内を掌握したつもりだったが、まだまだ自分の力が及ばない範囲があることを思い知らされる。
それでもまあ、勝手に査定をはじめずに、ギルド長の判断を待つという選択肢を覚えてくれただけでも、よしとするべきだろう。
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