7-4.つかまえた!
エルトは己の状況にとまどいながらも、必死に逃げ回る。
だんだん視界がぼんやりと滲んできて、鼻の奥がツンと痛くなってくる。
エルトは今、小さな【障壁】を足場代わりに、次々と移動先に出現させ、風系と移動系の魔法を使い分けながら、空間内を飛び回るようにして逃げていた。
「うわ……動きがヤバすぎて、見てらんない。気分が悪くなってきた」
本当に気分が悪くなったのか、青い顔でフロルが天井から視線を外す。
「……ちょっと、ちょこまかと……。どんな動きをしてんのよ、あの子」
「あのフィリアが、スピードで翻弄されてるよっ」
「っていうか、あんな小さな子が、無詠唱なうえに、複数同時で魔法を使いこなしているなんて……」
「かなりの規格外よね……ギルド長が慌てるのも、なんか、わかるわ――」
フロルのあきれ声も、魔術師のミラーノと回復術師のエリーの会話も、エルトにはしっかりと聞こえていた。
(……どうしよう)
自分が逃げれば逃げるほど、大人たちがドン引き状態になり、ギルド長の気配が押し殺されたものになっていくのがわかる。
(こ、……こわい……)
これは恐怖だ。
と、エルトの思考と感情が一致する。
(こわい……こわい……)
怒っているギルド長が怖い。
捕まったら、なにをされるのかわからないのが怖い。
そして、どんなに頑張って逃げても、逃げても、ぴったりと、一定の距離をおいて、正確に追いかけてくるフィリアが怖かった。
だから、自分を追う存在から懸命に逃げる。
(こわい……こわい……)
涙がでてきた。
考えるよりも先に身体が反応して、逃げ続ける。止まらない。止められなかった。
誰かにもう逃げなくていいよ、と言ってほしかった。
(こわいよ……。とうさん……たすけて……)
なんで、あのとき、逃げてしまったのか……。
もっとよく考えて行動しなかったのか……。
ついにあふれた涙で視界がぼやけてしまい、目ではなく、エルトは感覚のみで逃げる先を探しはじめる。
とうさん……ギンフウが「陽の当たる世界にでるのはまだはやい。危険だ」と言っていた意味が今ならわかる。
ギルド長はすごく怖いし、自分にぴったりくっついてくるフィリアが……とても怖い。
恐怖と後悔で、エルトの胸のなかがいっぱいになってしまったとき、それは唐突に終わりを告げた。
「つかまえた!」
穏やかな声が聞こえ、自分が跳んだ先に、突然、人が現れる。
「え……」
方向転換するには距離が足りず、エルトはそのまま、フィリアの胸の中に飛び込むような形でぶつかった。
そのまま暖かく抱きしめられる。
(え?……とうさん?……)
エルトは目をしばたたかせ、驚きの眼差しで自分を捕まえた青年を見上げる。
その拍子にぽろりと一粒の涙がこぼれ落ちる。
一瞬、ギンフウに抱きしめられたかと思った。
エルトを無条件で護ろうとする、とても優しく、そして、強い暖かな気配に包まれる。ギンフウと同じ気配だった。
安堵から緊迫していた心が緩み、こわばった全身からふにゃりと力が抜けていく。
(ちがう……。これは……とうさんじゃない……。ボクと……同じ魔力。魔力の色がすごく似ているんだ)
「…………」
「やれやれ、まだまだ子どもで安心したよ。余裕がなくなると、動きが単調になってくるね。それじゃ、移動先を簡単に予測されてしまうよ。気をつけてね」
エルトを捕らえた金髪の青年は、柔らかい微笑みを向ける。
「……普通は捕まらない」
ドキドキしている心臓の音がわずらわしくて、エルトは目の前のフィリアを睨みつける。
たぶん、捕まってしまって、自分は『悔しい』のだろう……とエルトは考える。
「うん。そうだね。ぼくは『鬼ごっこ』は得意だからね。よく孤児院の子どもたちと遊んでいるんだ」
今度、孤児院の子どもたちと一緒に鬼ごっこをしないかい? と、フィリアからほんわりとした微笑みを向けられ、エルトの気が緩みかける。
しかし、まだ、フィリアは完璧に自分を捕まえていない……とエルトは感じていた。
ギンフウや『影』の大人たちとはちがって、『陽の当たる世界』で暮らしているヒトたちには甘い部分があると教わった。
そのとおりだ。
フィリアは安心しきっているようだが、まだ、『鬼ごっこ』は終わっていない。
慌てて【転移】を使おうとするが、その前に、ぎゅっと、フィリアに抱きしめられ、魔法が不発動になる。
(しまった……)
「全く……逃げちゃだめだよ」
フィリアの声は優しく穏やかだ。
「…………」
魔力が強制的に散らされ、今度こそ、エルトは本当に逃げることができなくなった。
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