6-14.百五十本以上の薬草と九十体以上のモブゴブリンの耳だ!

 上位の『影』であるルースは、眉一つ動かさず、心の中だけで叫び続ける。


 なにもかもが事前連絡と食い違っている。叫びたいが叫べない。

 『深淵』の上層で一体、なにが起こったというのだろうか。


 というか、その知らせすらないというのは、どういうことなのだろうか。


(フウエン! 働け! ヤツはなにをしているんだ!)


 もう、見なかったことにして、このまま回れ右をして全速力で逃げ出したいところだが、ルースは両足に力を込め、なんとかこの場に留まる。


 過剰装備に身を包んだ子どもたちは、ルースの姿を発見すると、目をキラキラさせながら、わらわらと集まってきた。


(これも、犬だ)


 とルースは思った。

 産まれて間もない子犬が「遊んで、遊んで」とか「ボクすごいでしょ。ほめてほめて」と尻尾をフリフリしながら、寄ってくるパターンだ。


 すごく癒やされる光景で思わずほっこりしかけたが、ルースは我に返ると慌てて気合を入れ直す。


(こ、コイツラが、登録初日でなにかをやらかしたんだ……)


 子どもたちのキラキラと輝きを放つドヤ顔を見て、ルースは確信した。

 そして……。


「なんで、お前たちまでココにいるんだ?」


 思わず指さしてしまった。

 言葉遣いにまで注意を払う余裕はない。

 たぶん、少々乱れても、誰も気づかないだろう。

 それくらい、ここは混乱している。


 ルースの視線の先には『赤い鳥』のメンバーが「ナニガオコッテイルノカ、マッタク、ツイテイケマセン」というような表情を浮かべながら、呆然と突っ立っていた。


「おい……」


 ルースの冷えた低い声に、我に返った『赤い鳥』のメンバーがピシッと一直線に整列して、姿勢をただす。敬礼でもしそうな勢いだった。

 こちらは、躾が隅々にまで行き届いた利口な番犬である。


「質問に答えろ」

「……いえ、ワタシタチハ、ただの通りすがりの冒険者デス」


 呆然自失で言葉を失っているフィリアに代わり、パーティーで一番の年長者であるフロルがしぶしぶ答える。


「質問に答えろ」


 ルースは再度、同じ言葉を投げかける。

 今度はフィリアの目だけを見て、問い直す。


「……ルースギルド長。偶然です。たまたまです。解体された素材を受け取りに来たら、採集クエストの査定に来た子どもたちとばったり会ったので、査定の申し込み方法を教えようとしたら……」


 そこでフィリアの言葉がいったん途切れる。

 困惑の表情を浮かべたフィリアの美しい顔が、ゆっくりと査定受付テーブルの方を向いた。


 ルースがフィリアの視線の先を追っていくと……査定受付時に使用されている大きなテーブルがあった。

 ざっくりとした素材の判別と数量をカウントできる査定用の魔導具テーブルだ。


 冒険者が持ち込んだ薬草をはじめとする小物などは、このテーブルの上に広げて、査定の受付をする。


 テーブルの上にあったのは、こんもりとした草の山と、黒焦げた大量の物体。


 その光景を目に入れた瞬間、ほんの一瞬だが、ルースの心臓は驚きのあまり停止した。間違いなく、止まってしまった。悲鳴をあげなかった自分を褒めてやりたい。


「……なんだこれは……?」


 答えを知りたいのではなく、勝手に言葉がでてしまった。


「いつから見習い冒険者のクエストは、草むしりになったんだ?」

「雑草じゃない! 薬草とモブゴブリンの耳だ!」


 ルースの呟きに、リオーネが元気よく説明する。

 いや、それは、見たらわかることだから、と大人たちは心のなかでツッコミをいれる。


「この量は……どういうことだ?」


 こめかみを抑えながら、ルースは質問を重ねた。


「そこの、ちっこい見習い冒険者たちが、採取十回分、討伐十回分の量を一気に持ってきたんだよ!」

「しかも、ご丁寧に三人分ときたもんだ!」


 わいわいと状況を話すドワーフたちに、リオーネが胸を張って答える。


「百五十本以上の薬草と九十体以上のモブゴブリンの耳だ!」

「………………」




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お読みいただきありがとうございます。

――物語の小物――

『査定受付テーブル』

https://kakuyomu.jp/users/morikurenorikure/news/16818023213448773760


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