6-10.もっと信頼して欲しい

 ここは恥ずかしそうに頬をあからめたり、暴れて抵抗する場面なのだが、ルースにそのような様子はみられなかった。


 血を失いすぎて顔面は蒼白だし、抵抗などして、下手に押さえつけられでもしたら、それがそのままダメージとして、ヒットポイントを削ってしまう。


 ささいな衝撃で、息の根が止まるかもしれない。


 下手に暴れて床の上に落ちたら、いきなり昇天する可能性がとても高い。


 それくらい、今のルースの状態は悪かった。移動する体力も温存し、体力回復に専念しなければならない危篤状態だ。


 ルースは無駄な抵抗はせずに、お姫様抱っこは秘書が行う仕事のひとつとして、おとなしく受け入れる。


 この秘書、見た目は草のようにひょろっとしているが、事務処理能力が高く、超級冒険者の戦士だったりする。

 ルースくらい余裕で運べる能力を持っているので、遠慮する必要などない。


 利用できるものは、とことん利用する。

 利用できないものは、利用できるように画策する。

 それが第十三騎士団の考え方だった。


「緊急の用事でないものは、明日に処理する。……火急の案件が発生したときは対応する。そのときは遠慮するな。たたきおこ……いや、優しく起こせ」

「承知いたしました」


 簡易ベッドの上に腰掛けたルースは、脱いだ上着をトレスに渡し、シャツと長靴を脱ぎ捨て、ベッドに横になる。


 と同時に、一瞬で深い眠りについた。


 特殊な訓練を行った者にしかできない入眠方法だ。

 だが、痛みがまだ残っているのか、ルースの寝顔は険しい。


「…………」


 トレスの手がルースの額に伸び、乱れた髪を軽く整える。


 血気盛んで脳筋が多い冒険者ギルドの中で、事務処理が得意なトレスは異質であり、貴重な存在であった。


 ルースはトレスの能力を高く評価してくれている。

 そのぶん、仕事は激務といえたが、こうしてルースの専属秘書として側にいることができる。


「どうして……そこまで……」


 彫像のように美しい寝顔を眺めながら、ハーフエルフのトレスはぽつりと呟いた。


 なぜ、ギルド長は、死ぬほどの苦しみと痛みと戦いながら、魔法を使おうとするのだろうか。


 魔法が使えないのに、なぜ、ルースはギルド長になったのか。


 傍で見ていて痛々しい。


 ひとりで抱え込もうとせずに、もっと自分を頼って欲しいとトレスは思うのだが、ギルド長の警戒心は、なかなかのものだった。


 なぜなら、トレスが他国の冒険者ギルドから任務を帯びて派遣された者だと見抜かれているからだ。


 少しでも怪しいそぶりをみせると、ルースからは牽制するかのような、意味ありげな対応をとられる。


 牽制はされるが、今のところ、排除されそうな気配はない。


 トレスに与えられた役目はルースギルド長の妨害ではなく、冒険者ギルド本部の監視だからだろう。


 同じような使命を帯びた他国の冒険者も何人かみかけたが、ここまでルースに近づけたのはトレスだけだった。


 ルースギルド長に不利益をもたらさず、おとなしくしていれば、この先も見逃してくれそうだ。


 事務処理ができてよかった……とトレスは心の底から安堵する。


 両親から捨てられ、エルフの集落にも人間の世界にも馴染めず、途方に暮れていた自分を拾い、育て、教育してくれた養父には感謝しなければならない。


 なので、養父から依頼された『冒険者ギルド本部の監視』はこの先も続ける。


 養父を失望させ、裏切ることはしたくない。


 それと同時にルースの役にたちたいと、トレスは切実に思っていた。


 ルースほどの人物なら、トレスの事情を知った上で、問題なく使いこなせる技量の持ち主であるはずなのに……。


「もっと信頼して欲しい……と願うのは、間違っているのでしょうか……」


 トレスは小さなため息をつくと、仮眠室を後にした。




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