6-11.嫌な予感しかしない
「申し訳ございません。ギルド長。ルースギルド長。起きてください」
トレスにゆさゆさと身体をゆさぶられ、ルースは眠りの淵から追い立てられる。
(あれ? さっきも、こんな風に起こされたよな……?)
深く沈んだ意識の奥底……まどろみの中で、ルースはぼんやりと考える。
「ルースギルド長、起きてください」
偽りの名を呼ぶ男の声がだんだんと大きく、クリアになっていく。
もう少しだけ休ませてくれ……と、意識の片隅で反論するが、ルースを呼ぶ声は、もうしわけないという思いがありありとでている。
知らないふりを決め込んで眠り続けるのは、少しばかり後味が悪い。
どうやらトレスの意に反したことが起こってしまったのだろう。
なにかあれば起こしてもよい、と言ったのは他でもない自分である。
「うぅぅ……」
意図せず、うめき声が漏れた。
身体の節々が悲鳴をあげている。
ルースの寝起きは悪くない。
連日の徹夜張り込みや、寝ずの強行軍、短時間睡眠など、効率よく睡眠をコントロールする術は取得している。
だが、ここ最近の身体に蓄積されている痛みが、覚醒の邪魔をする。
意図的に深い眠りについて、体力の回復を図ったのだが、予定よりも早く起こされたので、回復が不完全なようだ。
傷みが残る身体と戦いながら、気力をふりしぼってルースは上半身を起こした。
視界がぼんやりとしていて、全身に力がはいらない。
「今は……何時だ?」
トレスから渡された温かい蒸しタオルで顔を拭きながら、できうる限りの事務的な口調で質問する。
「十六の刻を過ぎた頃です」
ということは、三、四刻ほどは眠ることができたようである。朝までぐっすりとは無理でも、もっと眠れると思っていたのだが……。
今ぐらいの時刻なら、依頼完了報告に来る冒険者たちで、ギルドは賑わっているだろう。
「なにが起こった?」
シャツのボタンをとめ、めんどくさいので、上着は袖を通さず、軽く肩に羽織るだけにする。髪の毛の乱れは、とりあえず手櫛で前髪だけを整える。
「素材解体責任者と査定責任者が、受付嬢とギルド長を呼べと、大騒ぎしているようでして……」
使用済みのタオルを手際よく片付けながら、トレスが報告する。
「……………………嫌な予感しかしない。行くぞ」
「はい。あっ、ギルド長、急に立ち上がると……」
世界がぐるりと反転するが、トレスが差し伸べた手を反射的につかみ、なんとか踏みとどまる。
目眩をおこしてふらつくギルド長を支えながら、トレスはルースを廊下へと導いていく。
長い廊下を少しばかり歩き、ふたりは垂直移動装置の扉の前で立ち止まった。
重厚なつくりの両開き扉には、魔法陣が刻まれている。
トレスはふらついているルースと共に、垂直移動装置が設置された部屋の中に入り、扉を閉める。トレスは扉付近にある石版に右手をかざした。
トレスの魔力を読み取り、石版が輝きはじめる。しばらくすると、床の上に垂直移動用の魔法陣が出現した。
「イドウサキカイスウヲシテイシテクダサイ」
無機質な声が天から聞こえてくる。
ルースが魔法陣の中央に移動したのを確認した後、石版から手を離し、トレスも彼の隣に立った。
「一階をお願いします」
天の声に向かって、トレスが目的の階数を告げる。
「ワカリマシタ。イッカイニイドウシマシタ」
チンという音とともに、今度は、扉が自動で開く。
扉をでると、五階とは明らかに内装のグレードが落ちた廊下が、前方に伸びていた。
支えようとしたトレスの手を、ルースはやんわりとした仕草で退ける。
ルースは少しふらつきながらも、廊下をひとりで進み、曲がり角で脚を止めた。
「場所は何処だ?」
「査定受付カウンターと伺っております」
淡々としたルースギルド長の質問に、専属秘書は淡々と答える。
ルースは軽く頷くと、左側の廊下へと進んでいく。トレスはその少し左後方の位置にはりついて、先を歩くルースを追いかける。
行動の邪魔にならないように細心の注意を払いながら、ルースになにかあっても、すぐに反応できるギリギリの位置『つかず離れず』をトレスはキープする。
自分から離れた手を名残惜しいと思うトレスではあったが、苛烈な気質で知れ渡っているルースは、ギルド職員や冒険者に、弱っている自分の姿を見せたくはないのだろう。
十六の刻=午後四時
一刻=一時間
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