6-8.こちらから背中を押してやらないとだめか?

 一階や二階あたりで働く一般職員はたくさんいるのだが、上層階の機密事項を任せられるほどの優秀な元冒険者は、なかなかいない。


 冒険者が無能なのかといえばそうではなく、五年前のあの事件で、優秀なベテラン冒険者たちは、帝国の強引なスカウトにあい、冒険者を辞めていたのだ。


 『エレッツハイム城の悪夢』事件で、政務を実際に動かしている中堅の人材を一気に失ったフォルティアナ帝国は、帝国維持のために大量の人員補充を必要としたのだ。


 当時、優秀といわれていた商人、冒険者、教員、学者、卒業間近の学生……とにかく、使えそうな者を集められるところからかき集めて、なんとか数と体裁を整えたという過去がある。


 冒険者ギルドとしては、引退後に裏方を任せようと思っていた人員を根こそぎ帝国にもっていかれたのは、手痛い損失だった。


 ではあるが、考えようによっては、一般冒険者でも才能さえあれば帝国に仕えることができる、ということを世間に証明できたのは大きい。


 産まれだの、育ちだのにこだわる帝国の上位貴族たちは不満顔だったが、状況が状況だっただけに、受け入れざるをえなかったのだ。


 平民からの採用が一時的なもので終わるのか、定着するのかは、彼らの今後の活躍具合によるだろう。


 帝国の各所、要所にちらばった元冒険者との縁が切れたわけではないので、そのネットワークはネットワークとして活用できている。


「……なにも遠慮することはないぞ。秘書として期待できそうな冒険者、職員がいたら、専属秘書の権限で引き抜いてきたらいい」


 ルースの少し意地悪な言葉に、トレスはぶるりと震え上がる。

 そのような人物がいるのなら、とっとと採用しているところである。


「い、いえ……。それはそれで仕事が増えてしまうので、やめておきます」


 トレスの特徴的な耳がへにょんと下がる。

 

「…………」


 少しきつく言い過ぎたかもしれないが、安易に部外者を側に置きたくない、という気持ちもある。


 人手不足を補うつもりが、自分の行動の幅を狭める枷になっては本末転倒だ。


(一番いいのは『影』からヒトを回してもらうことなんだがな……)


 困ったことで、あちらもあちらで人手が足りない。

 別の『影』の任務を手伝えと言ってくるくらいだ。


 ということで、やはり冒険者ギルドの人員は冒険者ギルド内で補わなければならないということだ。


 前々から後継として目をつけているヤツはいるにはいるが、本人には全くやる気がない。冒険者にしては『欲』というものが少ないのだ。

 それどころか、近頃は手を抜くということを覚えてしまったのか、能力の上昇が停滞している。

 あと少しの成長が全くみられないのだ。


(自立を尊重して、優しく見守るつもりだったが、ちょっと、このあたりでこちらから背中を押してやらないとだめか?)


 まったく世話のかかるヤツだ……と、ルースは深くため息をつく。


 ルースの場合、『背中を押す』というのは、世間一般でいうところの『谷底に突き落とす』ということでしかない……と冒険者たちの間では怖れられているのだが、本人は気づいていない。

 またルースが考えている『優しさ』も、世間一般の定義と大きくかけ離れているのだが、それにも気づいていない。


 色々とやらなければならないことが多く、今まで副ギルド長の任命を後回しにしていたが、ちびっ子たちに偽造ギルドカードを渡してしまった以上、副ギルド長の重要性が増してきた。


 副ギルド長が増えれば、自分だけでなく、専属秘書の負担も軽減するだろう。


(また、やっかいなことが増えたぞ……)


 頭がガンガン痛む。

 受付嬢をひとり、ふたり、増やすのとはわけが違う。


 最低条件として、冒険者カードと偽装冒険者カードの扱いを任せる……丸投げできる人物でないとだめだ。


 冒険者カードは、一般人には価値のないものだが、ごくごく一部の限られた者に対しては需要があった。


 諜報活動、隠密行動などには欠かせない『闇の魔導具』として冒険者カードは知られているからだ。




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