6-7.ギルド長にしかできないことが多すぎる……

 金庫書庫の中には、この子どもたちのような、偽造ギルドカードを作成した冒険者たちの原本ーー真のステータスが閲覧できる登録用紙ーーが大事に保管されている。


(……やばい。このままだと……冗談抜きで……本当にオレは過労死するんじゃないか?)


 通常ではありえないミスをする……。

 これはもう、過度の疲労が蓄積されているということだ。

 集中力が極端に低下している。

 元第十三団騎士団所属の自分にはありえないことだった。

 ついに、過労死へのカウントダウンがはじまったのではと疑いたくなる。


 ルースは嫌な予感を追い払おうと、首を左右に振るが、悲しいことにそれだけで目眩がした。


「ルースギルド長! まだ、安静に!」


 体勢を崩したルースを、トレスが慌てて支えなおす。


「ああ……すまない」


 色々と助けてくれる便利な専属秘書だが、偽造ギルドカードの作成、閲覧権限、そして、金庫書庫の開閉資格は、ギルド長のルースにしかなかった。


 専属秘書でしかないトレスに代行権限はなく、また、行使できるだけのステータスも足りていない。


 まあ、できたとしても、今回のちびっ子たちの件は、ルース自身で処理しなければならない仕事ではあったが……。


(いずれにしろ、ギルド長にしかできないことが多すぎる……)


 抜けきれない疲労感と闘いながら、ルースはちびちびと水を飲む。

 気絶する前に飲んだ回復薬の効果がではじめるまで、ひたすらじっと耐えるしかない。


(いいかげん副ギルド長を任命しないと、オレの身がもたないぞ……)


 副ギルド長になら、ギルド長のほとんどの仕事を丸投げ……任せることができる。

 魔力消費の激しい偽造登録用紙の作成や管理も、副ギルド長であれば行うことができるのだ。


「人手が足りん」

「……仰るとおりです」


 ルースの深刻な呟きに、すかさずトレスも深く頷く。追従しているのではない。トレスもまた多忙の身だったのだ。


「ギルド長。その……常々お願いしているのですが、五階に詰める秘書の数をもう少し……あと少し……いえ、ひとりでもよいので、増やしていただくことは可能でしょうか?」


 今がチャンス。とばかりに、専属秘書が人員補充をギルド長に訴える。なかなかに切羽詰まった声だ。


 現在、五階を自由に行き来できるのは、ギルド長と専属秘書であるトレスのふたりだけであった。


 ギルド長も激務だが、その秘書も同様、下手をしたらそれ以上に過酷な労働条件で働いている。


 帝都の冒険者ギルドの規模ともなると、副ギルド長は必須、秘書も複数人いないとまわしていけない。


 そういえば、よくよく眺めてみれば、トレスも最初の頃よりもやつれたような気がする……。とルースは思った。


「人員は不足している。それは認めるが、ギルドの機密事項を任せられる『手頃で有能な人物』が見当たらん」

「そ、そこを少し……少し……だけでいいのです。妥協する……というわけには?」

「わかった。だったら、その妥協とやらをやってみて、トレスが推薦する人物の名を言ってみろ。自分が現在、抱えている専属秘書の仕事を、安心して任せられるヤツの名を言ってみろ」


 ルースギルド長の反論にトレスはしばし沈黙し、そして深々と頭を下げる。

 適任者が見つからなかったようである。


「……申し訳ございません。わたしが浅慮でした」

「わかればそれでいいんだ……。増やせるものなら、とっくの昔にやっている」


 ふたりは世知辛い現実を思い知り、同時にがっくりと肩を落とした。



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