6-6.しまった! やりすぎた!

「ギルド長……ルースギルド長」


 自分を呼ぶ若い男の声につづいて、軽く身体をゆすられる。

 最初は軽く、反応しなかったため、だんだんと強い力が加わってくる。


「うぅ……ぅぅ……」


 自分のうめき声が遠くで聞こえ、途切れていた意識が、強引に引き戻されていく。


「ルースギルド長……このようなところでお休みになっては、お体を壊しますよ」

「うぅぅぅ……」


 ルースは目を閉じたまま上体を起こすと、眉間に手をやってゆっくりともみしごく。

 それだけの動作でも、身体のあちこちから悲鳴があがり、息が詰まりそうになった。


 もうすでにお体は壊れてしまっているのだが……。と、秘書の言葉に心のなかで反論しながら、ルースは瞼に力を込め、朦朧としている意識をなんとか覚醒させようと努力する。


 どうやら、執務机につっぷして眠って……いや、気を失っていたようだ。


 ゆっくりと視界がはっきりしてきて、執務机と机の上にあった小物が見えてくる。


 首を動かせば、専属秘書の制服を隙無く着用したハーフエルフの男が心配そうに自分を見下ろしている。


 血でびちょびちょに汚れた机や衣服は、秘書が生活魔法を使って綺麗にしてくれたようだ。

 机周りは偽造登録用紙を閲覧する前の状態に戻っている。


 専属秘書に害意がなかったとはいえ、部屋への侵入を許し、無害な生活魔法とはいえ、魔法を使用されたにも気づかなかったとは……うかつともいえる。


 渋面のまま、ルースは椅子に座り直した。

 生活魔法をかけられたことによるダメージが、鈍い痛みとなって、ルースの体内に伝わってくる。


 だが、血みどろ状態で、まるで惨殺事件の後のような室内にいつづけるわけにもいかない。


 専属秘書の判断と対応は間違っていない。


 優秀なルースの秘書は、血の件にはいっさい触れてこなかった。

 また、ルースもあえて礼を述べることはしない。


「……お水をお持ちいたしました」

「ありがとう。トレス」


 秘書から水の入ったグラスを受け取る。

 手のしびれがまだ残っているルースを気遣ってか、グラスは小さめで、手の中にすっぽりと収まるサイズであった。

 

 グラスの中は混じり気のない純水で、体にかかる負荷を考慮して、人肌ぐらいの温度に調整されている。


 内臓に負荷がかかっている状態では、冷たすぎるのも、熱い飲み物も身体に悪い。


 少し水を含み、ゆっくりと飲み込む。口の中に錆の味が広がり、思わず眉をひそめてしまった。


 水をちびり、ちびりと含みながら、ルースは混濁している記憶をひとつ、ひとつ整理しはじめる。


 ちびっ子三人分のステータスを書き留めた後、書類はすぐさまギンフウに【転送】した。

 それはしっかりと記憶に残っている。間違いない。


 それから……。


 高機密文書指定となった登録者用紙には、二重、三重の魔法トラップ――別名『呪い』――をかけた。

 そして、ギルド長権限でしか開けることのできない、異空間に存在する金庫書庫のなるべく奥の方に、ちびっ子たちの登録者用紙をぶちこむ。

 

 その金庫書庫に対しても、新たに魔法トラップをしかけ、封印も倍に増やした。


 意識が朦朧としていた状態で、ただ本能のおもむくまま無意識にやってしまったことだ。それだけ、アレは危険文書で、もう二度と見たくない内容だった。


(ちょ、ちょっと待てよ……?)


 ルースの思考がそこで停止する。

 定期的に子どもたちのステータスチェックが必要だ。しっかり監視するように、とギンフウから命じられている。


 ちびっ子たちのステータスを再閲覧するときに、これらのトラップを自力で全部解除する必要があることに、ルースは今更ながら気づいてしまった。


 その衝撃的な事実に、ルースは愕然としてしまう。もう少しでグラスを取り落としてしまうところだった。


(しまった! やりすぎた!)


 だが、後悔してももう遅い。



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