6-5.なんで、コイツのだけが

 ただでさえ悪いルースの顔色が、これ以上ないくらいに悪くなる。


 これは、外部に漏らすわけにはいかない。絶対だめだ。国外はもちろん、帝国にも知られてはいけない。


 特に、人手不足で頭を抱えている、人たらしの皇帝に知られたら、色々と大変……面倒なことになる。


 呪われた『エレッツハイム城の悪夢』生還者が帝国に仕えるとなると、隷属系の魔法で自由と意思を縛られ、捕虜や奴隷よりも下の身分におとされてしまう。


 かつて、自分たちが帝国から「死ぬか、隷属の身となるか」と問われ、ギンフウは三番目の答えを皇帝に叩きつきつけたのだ。


 それが許されたのは、自分たちが堕ちた神に呪われ、かつての能力を失った者たちの寄せ集まりとみなされたからだ。


 その時が来るまで、必要以上に目立つなとギンフウからは言われている。


 各々の『目立つ』という基準が、若干、ズレているような気もしないではないが、どう考えても、今は『その時』ではないだろう。


(面倒なことになってきたぞ……)


 背筋がうすら寒いのは、体内に受けたダメージだけではないだろう。


 ステータスの数値だけみれば、すでに、ベテラン冒険者のフィリアと並んでいる。


 ただ、経験値は十歳児にふさわしい数値だったので、「あ、こいつらも、一応、人の子なんだな」と、ギルド長はペンを握り直してほっと安心する。


 なんて、かわいらしい数字なんだろうと、一桁の数字にしみじみしてしまった。


 が、『社会常識』という項目がマイナスになっていたことに、ぎょっとする。


 これは悪い予感しかしない。こういうときの予感は必ず当たる。


(ええっ? ちょっとまて……これを全部、書き写さないといけないのか……)


 びっしりと隙間なく並んでいるスキルの量にルースは震え上がる。


(冗談だろ……)


 取得スキルの数が多すぎる。


 スキルや取得魔法の項目は、一般的なものから稀なものまで混在していた。


 仲間たちが面白がって色々と教えたであろう項目もかなりの数にのぼっている。

 しかも、そのスキルレベルも子どもにはありえない数字に到達している。

 マスター級、神業級もいくつかあった。


(オレは一体、なにを見せられているんだ?)


 目を通しているだけでもうんざりするし、くらくらしてきた。


 登録用紙とにらめっこしているだけでも魔力を消費してしまう。

 また血を吐くわけにはいかない。

 気を取り直して、急いで作業を再開する。


 大量のスキルを書き写しながら、ルースは溜め息をついた。


(あいつらは……。子どもになんてモノを教え込んでいるんだ。いくらなんでも、コレはまずいだろ)


 子どもが覚えるには少し早すぎるスキルも並んでいる。

 誰が何を教えたのか、だいたいの見当はつくが……。

 このことがギンフウにばれたら、教えた方は無事では済まされないだろう。


 彼らのこの先を考えると少しばかり震えが走ったが、自業自得なので同情はしない。かばおうという気持ちはちっともない。むしろ、しっかりと、正確に事実を複写する。


 ところどころ、偽造登録用紙でも読み取れない文字化け部分があったが、それは『エレッツハイム城の悪夢』から生還した仲間たちにも発生している現象なので、その部分も正確に書き写さなければならない。


 視線は動き、職業欄のところでぴたりと止まる。

 職業欄に表示されている文字は『見習い冒険者』だ。

 経験値が圧倒的に足りないから、今はまだ『見習い冒険者』ということだ。このアンバランスさに絶句する。


(まあ、すぐにランクアップしていきそうだがな……)


 この問題をどう処理するかは、ルースギルド長を『演じ』ている『自分』ではなく、ギンフウが判断することだ。


 あまり派手にランクアップしすぎて、『エレッツハイム城の悪夢』生還者は、人ならざるものになっただの、忌むべき存在だのと思われ、さらに恐れられても困る。


 もうこれ以上、子どもたちに過酷な運命を背負わせたくない。

 弱いのに強がって見せる大人たちの醜態を子どもたちに見せたくはなかった。


 しかし……。


 自分はあくまでも、従う側の人間だ。


 ルースはただ、子どもたちの職業欄が『生贄奴隷』から『見習い冒険者』に変わっていたことを、単純に喜べばいい存在だ。


 冒険者として経験を重ね成長していけば、子どもたちも呪われた『生贄奴隷』という役割から解放されるだろう。


 そのようなことを考えながら、最後の三枚目を書き写していたとき、ルースの口から悲痛な叫び声が上がった。


「くそっ!」


 怒りのまま机を思いっきり叩く。

 その反動で握っていた羽ペンが折れ、机の上にあった回復薬が、派手な音を立てて倒れた。


「なんでだ!」


 再び、やるせない想いを吐き出すかのように、拳を机の上にぶつける。


「なんで、コイツのだけが消えないんだ!」


 ルースの叫びがギルト長室に響き渡る。



 『生贄奴隷』



 最後の一枚の職業欄には、その四文字がしっかりと刻まれていた。



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