6-1. 冒険者ギルドは託児所じゃない!
子どもたちが【転移】の魔法で、冒険にでかけた頃とほぼ同時刻。
冒険者ギルド長のルースは、五階にあるギルド長室にひとり籠もっていた。
大きな執務用の椅子に、ぐったりと座り込んでいる。こころなしか顔色が悪い。
(なんだ、なんだ、なんだ! あれはなんだったんだ――!)
フルフルと全身を震わせながら、ルースは頭を抱え込む。
(聞いてないぞ! 聞いてないぞ! オレはなにも聞いてなかったぞ! あれはなんだったんだ――!)
心の中だけで叫ぶが、うっかりしたら声がでてしまいそうである。
自分が動揺しているのか、怒りに震えているのかよくわからない。
(あの、ちびっ子たちのガチ装備はなんなんだ! あんなのアリなのか! 見習い冒険者に、なんてモノを与えてるんだ! 誰が用意……って、リュウフウしかいないけど……ギンフウはアレを許したのかっ! なぜ許した! わからん!)
「おかしいだろ! なんで、あんなのが野放しで、チョロチョロしているんだっ! 見張りはどうした! 見張りは!」
ついに不満が声になってこぼれでる。
ギルド長は乱暴に髪の毛をかきむしりながら、防御や防音、目くらましや侵入者防止などの魔法陣が描かれた部屋の天井を仰ぎ見る。
自分以外は誰もいない。誰にも聞かれていないことを再確認する。
「冒険者ギルドは託児所じゃない! フウエンの野郎はなにをしているんだ! 職務放棄かよ――!」
今度は拳を握りしめて、ダンダンと机を叩く。
特殊強化がなされた執務机だったからよかったものの、普通の机なら天板に穴があいていたところだろう。
机の上に置いていた空の薬瓶が衝撃で倒れ、コロコロと転がった。
文句が次から次へと溢れ出て、止まりそうにもない。
「ギンフウは、ちびっ子どもにドラゴン退治でもさせるつもりかッ!」
もともと、ちびっ子たちの冒険者デビューには反対の姿勢を貫いていただけに、ルースギルド長を『演じ』ている『彼』は、さっきの出来事が納得できないでいた。
受付カウンターにはりついていた子どもたち……の装備を見たときは……思わず悲鳴をあげそうになったくらいである。
「なんでこうなってる――!」
ギルド長は大きな執務机にばたりと突っ伏すと、そのまま動かなくなった。
「ああ……やる気がでない……」
机の天板に額をこすりつけながら、弱々しい声で呟く。
「やる気がでるご褒美が欲しい……」
やり手のギルド長にしては、珍しい涙交じりの弱気発言だ。彼を信奉するギルド職員が聞いたら卒倒しそうな台詞である。
椅子の上でぐだぐだしている様子をみると、意外と年若い印象を受ける。
鬼のギルド長と言われ、怖れられているとは思えないへこみ具合だ。
ギルド長つきの優秀な秘書には、いくつかの用事をいいつけて、前もって部屋から追い出している。
だからこその、このだらけた態度だ。
ルースの秘書はとても優秀なので、彼の意図を察して、しばらくは戻ってこないだろう。
秘書は口答えすることなく、詮索することもしない。
ルースの行動を盲信的に尊重してくれるので、とても重宝している。非常に便利で、使いやすい『駒』だった。
秘書は回復薬臭い室内に、血の匂いが少し混じっていたことに気づいたようだが、なにも言わずに退出してくれた。
さらに、五階のフロア全体に【人払い】の魔法をかけておいてくれたのも、ありがたいことであった。
これで誰にも邪魔されることなく『作業』ができる。
ただし、失敗したら、誰の助けも求められないという、笑うに笑えないリスクとの背中合わせではあったが……。
執務机の上には、筆記の道具と書簡紙の他に、ペルナからとりあげた書籍箱と、さきほどまではめていた革手袋、空になったポーションの瓶があった。
転がっていた小さな空き瓶を手に取ると、ルースは手のスナップをきかせて、無造作に放り投げる。
瓶はきれいな弧を描いて、入口付近のゴミ箱の中へと迷うことなくはいっていった。
ガチャリと、瓶と瓶のぶつかる音が聞こえる。
近頃、回復薬の使用量が増えたのは、気の所為ではないだろう。
薬の使用量とともに、仲間の説教も増えるのが鬱陶しいことこのうえない。
リョクランの説教地獄を回避するためにも、薬の使用ペースには、注意しないといけないな。とルースギルド長を『演じ』ている『彼』は反省しながら、机の引き出しを開ける。
引き出しの中から封を切っていないポーションの瓶を三本とりだし、机の上に並べ置いた。
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