5-2.ギルド長の決定事項は『絶対』だからね

 たった一夜の出来事なのに、フォルティアナ帝国が被った損害は、細部までつきつめると計り知れない。天文学的な損失だったという。


 皇帝、いや、フォルティアナ帝国とっては、まさしく『悪夢』の事件。


 事件の詳細は不明。


 惨劇の舞台となった場所は、高濃度の瘴気がたちこめていた。

 ヒトが立ち入ることなどとうていできず、現場検証や遺体、遺品の回収は断念するしかなかった。

 そして、被害は計測不可能という……恥ずべき結論に達したのである。


 帝国側としては、もみ消したい醜聞だが、消すにはいかんせん火が大きすぎた。


 しかも、その火は消えることなく、いまもなおくすぶりつづけている。


 多くの人材を失い、この混乱を立て直すには時間も人員も不足している。


 直近の問題を解決するのにいっぱい、いっぱいで、過去を振り返るどころじゃない。というのが、正直なところなのだろう。開き直ってしまったともいえる。


 フォルティアナ帝国は、実のところ、五年経った今もまだその被害から脱することができないでいた。悪夢はまだ続いている。


 とるに足らない小国であれば、他国に攻め込まれて滅びるか、内部から崩壊するといった状況だ。

 賢帝の冷静的確な判断と、それを支える臣下の努力あって、帝国はなんとか持ちこたえている。


 ……で、邪神召喚が成功したのかというと、今もこうして帝都、いや、世界が健在なので、失敗したようだ。


 しかしながら、大量虐殺のあった跡地は今も瘴気に満ち溢れている。

 浄化されるどころか、時間の経過とともに、瘴気は濃度と量を増して、じわじわと勢力を広げているのだ。


 五年がたった今でも、中心部の瘴気の濃度が濃すぎて、調査団も未だ派遣できずにいた。


 聖女の浄化の力をもってしても、結界騎士団という別名を持つ第四騎士団の総力をかけても、瘴気を払うことはもちろん、抑え込むことすらできないでいた。


 瘴気被害は、現在進行形でじわじわと拡大中だった。


 瘴気にあてられた獣は魔獣化する。

 土地は穢れて荒れはて、人が住める場所ではなくなる。


 そして、住む場所と土地を奪われた民が、帝都に流れてくる。

 帝都近辺の農地が減り、食料が減り、物価が高騰する。


 危険度が増した地帯では、凶暴化した魔獣にやられ、死亡する冒険者が激増した。


 今まで通りの冒険者ギルドのシステムでは非常にまずい……ということで、ルースギルド長は改革をおしすすめた。


 第四騎士団と協力して、エレッツハイム城を起点とするハザードマップを作成したのもそのひとつである。


 瘴気のレベルごとに危険地帯を細かく区分けして、冒険者『個人のレベル』にあわせて立ち入ることができるエリアを徹底させた。


 わかりやすく言うと、『未熟なヤツは、ここから先には行くな』と宣言したのである。


 そして、瘴気の濃度により、危険地帯の境界線も頻繁に更新され、ハザードマップの表示もそれに連動している。


 また、レベルに見合わない地帯に侵入しようとするなら、ドッグタグに警告表示がでる仕組みを組み込むように指示したのも、ルースギルド長であった。


 以前、その警告を無視して危険エリアにうっかり侵入し、警戒中の第四騎士団に運良く『保護』された冒険者たちがいたのだが……。


 後でルースギルド長にボコボコにされた。


「まあ、若気の至り……。あのときほど『あのとき、あそこで死んでたほうがマシだった』と思ったことはなかったね」

「あと一撃で確実に死ぬ、ってところまで、徹底的にしばかれた」

「最後には、川の幻が見えたんだよ。対岸には、死んだ孤児院の院長先生が立っていて、鬼のような形相で、こっちには来るなとか叫んでたんだ」

「ああ。本当に怖かった……」

「うん。怖かったよね。ルールは守るためにあるもので、ギルド長の決定事項は『絶対』だからね……」


 と、運良く『保護』された冒険者のフィリアとギルがぷるぷる震えながら話していたことだけは、面白かったので、少しだけ記憶に残っている。



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