5-1.冒険者になるって、簡単かと思ったけど
「しっかし、冒険者になるって、簡単かと思ったけど、けっこう、めんどくさい手続きだったよなぁ……」
冒険者ギルドの建物を振り返り眺めながら、リオーネことハヤテは、しみじみとした声で呟いていた。
冒険者登録をするという作業は、ギルドカードの作成だけ――登録用紙に名前さえ書いたら終わりだと思っていた。
ところが、実際にはとまどうことの連続だった。
受け付けカウンターはものすごく高くて背が届かず、受付嬢には存在すら気づいてもらえなかった。
受付嬢や居合わせた冒険者たちからは子ども扱いされ、女性術師からはもみくちゃにされてしまった。
その程度ならまだ我慢できる。
が、受付嬢の説明はなかなか聴き応えがあった。
もう二度と、聞きたくない。
ギンフウの説教よりも長かった。
冒険者ランクの説明から始まって、依頼の難易度説明、依頼の受け方、依頼未達成の場合のペナルティ、依頼報告のやり方といった一連の流れの他、エレッツハイム城を起点とするハザードマップと立入禁止区域の説明、ギルド会員特典や研修のお誘い、はては福利厚生と……思い出すだけで、背筋に冷たいものが走る。
とくに、エレッツハイム城に関する説明は、うんざりするくらい長かった。
エレッツハイム城で起こった事件は、帝都に暮らす者なら誰でも知っていることなのに、改めてくどくどと説明をうけた。
『深淵』で生きるハヤテたちは、大人たちが説明した以上のことを知っている。
なによりも、ハヤテたちは五年前のあの日、アソコから奇跡的に生還できた当事者なのだ。
ヒトの子には過ぎた経験だったため、当時、エレッツハイム城で何が起こったのか……記憶が混沌として詳細は思い出せない。
ただ、エレッツハイム城では恐ろしいことが起こったということだけは、魂がしっかりと記憶しており、今もなお、それは解呪不可能な呪いとして自分たちを苦しめている。
そんな恐ろしい場所になど、ギンフウが命じでもしない限り行くはずがない。
なのに、自分たちのことを知らない冒険者ギルドの受付嬢は、必死になってエレッツハイム城のことを説明するのだ。
さらに、『赤い鳥』の面々からも、うるさいほどに警告をされたから、消耗が激しかった。
『五年前のアノ事件』で帝都の住人はわかりあえるくらい、『エレッツハイム城の悪夢』は、ものすごく有名で、忌避する事件だった。
今更、説明されても……というのが正直なところである。
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昔、昔、というか、今から五年前……。
たった五年前の出来事ととらえるか、もう五年も昔の出来事と思うかは、ひとそれぞれではあるが……。
家督を継いだエレッツハイム侯爵が、帝都の外れに所有している別宅で、お披露目パーティーを開いた。
お披露目パーティ自体は、珍しくもなんともなく、位の高い貴族なら、社交や政治的取引もかねてよく開催されている。
が、その別宅の地下では、エレッツハイム侯爵お抱えの魔術師が、同時に邪神――堕ちた神――を召喚する儀式を行なっていたのだ。
儀式の生贄として誘拐されたり、奴隷商人から買われた子どもたちの他に、パーティーの招待客、召使い、この日のために臨時で雇われた使用人、関係者もろもろが、儀式の生贄として惨殺される……という悲惨な事件が起こったのだ。
堕ちた神を崇拝する凶徒が、城内に乱入して皆殺しにしたとも、魔法で城ごと崩壊させたとも、エレッツハイム侯爵が城に火を放って、人々を焼き殺したともいわれている。
招待客の中には、他国の大使や皇族に連なる者、武官、文官を問わず、要職についていた者が多数いた。
高位の貴族、高官になると、当然のことながら魔法に秀で、秘めたる魔力も高く、帝国の中枢として欠かせない人材なのだが、それが一夜にして、一瞬で失われてしまったのである。
さらに、夫婦で参加、一家で参加していた貴族も多く、この事件で断絶してしまった家や、この混乱に分家や豪商にのっとられてしまった家も多数あったらしい。
そのお家騒動から発生した被害は、貴族の領地、領民にまで広がった。
さらに、エレッツハイム侯爵の父親の死にも不自然な点があり、息子が『それ』にかかわっていたのでは、という憶測も飛び交ったくらいである。
当時、帝国内から魔力持ちの子どもたちが大量に姿を消した事件も、魔力が極めて高い貴族の子息が行方不明になったのも……すべては『エレッツハイム城の悪夢』につながる事件だったと主張する者もいたほどだ。
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