4-11.我々が未熟でした
この際、子どもたちの自由にさせるのも……ひとつの選択としては間違っていない。
コクランの視線がなんだか鋭く突き刺さってくるが、フウエンの思考はこの場をどう乗り切る……誤魔化すかにシフトしていた。
子どもたちがこれから『影』になるべく本格的に活動するのなら、大人と別行動になったり、単独行動を強いられる場面にも遭遇する。
肩慣らしには丁度よいだろう。
うん。そうだ!
そういうことだ!
子どもたちの実力と適正を見極める機会だと思えばよいのだ。
それに、子離れがなかなかできないギンフウの決断を促す効果もある……かもしれない。
ついに、雛鳥が巣立つ時。親離れ、子離れの時期となったのだ。
……とフウエンは思考を無理やり切り替える。ものは考えようなのだ。
「だとしても……アンタたち、年下のハヤテに簡単にしてやられて、どうするのよ?」
コクランの眉間に刻まれたシワが深くなる。
おそらく、フウエンも仮面の下では似たような表情になっているだろう。
「申し訳ございません……」
「我々が未熟でした……」
床の上で仲良く並んで正座しているコチとノワキが低頭する。
コクランが銀の煙管でふたりの頭をポカポカ叩く。
あれは痛い。
ただの煙管ではないから、めちゃくちゃ痛い。フウエンも叩かれたことがあるからよくわかる。
土下座した姿勢のまま、必死に痛みに耐えるふたりの若い『影』を見下ろしながら、フウエンは腕を組んで考え込む。
五年前のあの日、コチとノワキは舞踏会の招待客として、エレッツハイム城の中にいた。
ふたりともそこそこ名のしれた上流貴族の息子だった。
同年で幼い頃から交流もあり、武術、魔術を得意とし、帝都の高等貴族学院を上位の成績で卒業。騎士団への入団を目前に控えていたのだ。
舞踏会に参加した招待客は全滅……と帝国は発表したのだが、運良く生き残った者も、わずかではあったが存在していた。
生き残った彼ら彼女らは、もともと魔力が高く、能力も優れていたので、他の招待客よりも生き残れる確率が非常に高かった。
さらに、身を飾るアクセサリーとして、強力な護符効果のある宝玉を身に着けていたり、同行していた家族たちに庇われたりして、あの惨劇を生き抜き、生還することができたのである。
だが、彼ら彼女らも第十三騎士団や生贄に選ばれた子どもたち同様、あの場にいたために呪いを背負い、闇に汚れた存在として、帝国の上層から忌み嫌われた。
せっかく生き残ったのに、帝国からは死んだ者として扱われ、本当に殺されそうになったところを、ギンフウが全員まとめてひきとった……という経緯がある。
優秀とはいえ、コチとノワキは五年前の『あの事件』が起こるまでは、上流貴族として日々生活する苦労知らずの品行方正な『お坊っちゃま』だったのだ。
なので、普通の帝国騎士であれば合格ラインであっても、『影』としてはまだまだ未熟な部分がある。
だとしても……年下のハヤテにコロッと騙されるようでは困る。
「再教育が必要だな……」
フウエンは心の中だけで呟いたつもりだったのだが、声にでてしまったようである。
「ひいっっ」
「いやぁっっ」
コチとノワキの口から同時に悲鳴が漏れ聞こえた。
「とりあえず、この件はギンフウには黙っておこう。報告は不要だ。ギンフウに質問されたらそのときは、オレが答えるから、コチとノワキは黙っていろ」
「わかりました」
「わかったッス」
ギンフウが子どもたちの監視を命じていたのなら報告する必要があるが、命令はその逆だった。
むしろ、ギンフウの命令どおりにコトは運んでいる。
ギンフウが望む結果になるかは、疑問が残るが……。
「ちょっと、フウエン……子どもたちを野放しにしておくつもり? 危険よ? 襲われちゃったりしたらタイヘンよ?」
「ちびっ子なら大丈夫だろう」
「ちがうわよ。襲ったほうがタイヘンなことになっちゃうわよ?」
「…………」
コクランの指摘にフウエンは「確かにそうだ」と納得する。
「コクラン、子どもたちを信じよう」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
『酒場』の中に奇妙な沈黙が訪れる。
その気まずさを振り払うかのように、フウエンはコチとノワキの肩に手を置く。
若い『影』たちの口からそれぞれの悲鳴が漏れる。
「邪魔したな」
エルフのマダムと影の薄いバーテンダーに声をかけると、フウエンは口の中で、ひとこと、ふたこと呪文を唱える。
「ひぃ――――。い、いや! やめてください! あ、アソコだけは……ご勘弁を!」
「アソコはいやだぁぁぁぁぁっ!」
フウエンの足元に魔法陣が出現し【移動】魔法が発動する。
コチとノワキがじたばた暴れるが、フウエンはふたりの肩をがっしりと掴んだまま離さない。
「いってらっしゃいな」
「お気をつけて」
『酒場』と『深淵』のボスを護るマダムとバーテンダーの声に見送られ、仮面の男たちは姿を消した。
「アソコって、何処かしら?」
「さぁ……」
コクランの質問にリョクランは軽く肩をすくめると、再びグラスを磨きはじめた。
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