4-10.誰がその変更命令をだしたのか
フードつきの黒に近い短めのマントを羽織り、顔の上半分を隠す仮面を被った男が、ひょいひょいと軽やかな足取りで『酒場』の中へと入ってくる。
「…………」
「…………」
「…………」
「ち――っす! なんか、すごく賑やかですけど、どうしたんッスか?」
「…………」
「…………」
「…………」
「え? ちょ、ちょっと……なんすか? なんか、みなさん揃って無言って、めちゃくちゃ怖いんですけど?」
ビクビクと震えながら、新たな『影』がカウンターへと近づいてくる。
「この書類、コクランに渡せって言われたんで、もってきました!」
「え? ええ?」
若い『影』から書類……というよりは、紙の塊をコクランは受け取りつつ、ものすごい形相でフウエンを睨みつける。
「コチ……」
フウエンが年若い『影』に視線を定め、ゆっくりと口を開いた。
「はい。なんスか? 新しい任務ッスか?」
「いや……オマエにはちびっ子の尾行を命じていたよな?」
「え? ああ。それなら、変更があって、ノワキが『自分が担当することになった』って言ってましたよ」
「誰がだ?」
「だから、ノワキです」
フウエンはゆっくりと首を左右に振る。
「違う。オレが聞きたいのは、誰がその変更命令をだしたのか――だ」
「あ……そこまでは聞いてないッスね」
底抜けに明るいコチの返答に、年長者三人組は無言で顔を見合わせる。
「ちょっと。コレ……やっちゃったかもよ?」
「ものすごく嫌な予感がする」
「一波乱ありそうですね……」
「え? え? どういうコトッスか? なにがですか?」
深刻そうなため息を吐き出す年長者三人組を、状況が全くわかっていないコチが不思議そうに眺める。
すると……。
カランコロン。
狙ったかのように、軽い鈴の音が再び鳴り響き、『酒場』の扉が開いた。
新たな『影』が『酒場』の入り口に立っていた。
「え? なんで?」
入り口に立つフードを目深に被った男をひと目みるなり、コチの口から疑問の声が漏れる。
四人の視線が扉に吸い付いたまま、動かなくなった。
「え? な? ど、どうしたんですか? な、なにが?」
四人分の突き刺さる視線に驚いた『影』がおろおろするが、カウンターの席にいたフウエンを見つけると「え――っ」と大声をあげる。
そのまま、くるりと回れ右をして扉のドアノブを掴むが、扉を開けるよりも先に背後から声がかかった。
「逃げるな。ノワキ……こっちに来い」
重々しいフウエンの声に、ノワキと呼ばれた『影』はブルブルと震え始める。
「ノワキ……何度も同じことを言わすな」
フウエンに呼ばれ、ノワキはとぼとぼとカウンターの方へと歩いていく。
「あの……フウエン?」
「なんだ?」
ノワキは肩を竦めながら、フウエンに視線を向ける。
仮面で表情はわからないはずなのに、怯えているのがひと目でわかる。
「フウエンがちびっ子たちの監視をするから、尾行は不要だ……と聞いたのですが? どうして? ここ……ひいっっっぅっ」
ノワキがフウエンの怒気にあてられてブルブルと震え上がる。
コチもノワキの隣でふるふると同じように震えていた。
と、同時に、命じられてもいないのにふたりは仲良くその場に正座して、フウエンに向かって頭を下げる。
「ノワキ……だれからその話を聞いた?」
「はい。ハヤテからです!」
「…………」
「…………」
「ハヤテか……」
フウエンの口から大きなため息が吐き出される。
三人のちびっ子たちの兄貴分で、反抗的な赤髪の少年の姿が脳裏に浮かぶ。
「ちょっと、フウエン、どうするのよ?」
頭を抱え込んでしまったフウエンにコクランが質問する。
リョクランは影の薄いバーテンダーに徹することを決めたのか、いきなり無言でグラスを磨きはじめた。
「どうするもなにも……ギンフウの意向は『子どもたちだけでやらせる』だったから、まあ、当初の予定通りになっただけ、なんだよな……」
コクランの質問に答えるというよりは、自分自身に言い聞かせるような口調だ。
現場の筆頭指揮官も、こと子どもたちのことになると判断力が低下する。
ハヤテは大人たちの監視から逃れて、自由を満喫したいのだろう――とフウエンは結論づけた。というか、そうであって欲しいという願いがこもっている。
ハヤテは悪戯盛りと反抗期が同時にやってきたようで、近頃ではことあるごとになにかとつっかかってくる。
三人のなかでは一番、年齢が高かったこともあり、五年前の出来事と帝国の判断をハヤテはよく理解していた。
本人はうまく隠しているつもりなのだろうが、ハヤテは自分たちを切り捨てようとした大人たちを憎んでいた。
フウエンが気づくくらいのものだから、ギンフウもわかっている。
ただ、やっかいなのは、ギンフウはその状況を楽しんでいるフシがあるのだ。
「予定通りなんだよな……」
再び、大きなため息がフウエンの口から漏れる。
ハヤテは他のふたりの子どもたちとは違って、監視者であり保護者でもあるギンフウや『影』たちを敬愛すると同時に、憎悪の対象としてとらえていた。
その矛盾する感情にハヤテは困惑し、振り回されている。
貴族の家に産まれ、幼い頃より帝国への忠誠を教え込まれ、騎士の最高位になるために教育を受けてきた『影』たちには未知の部分だ。
だからこそ、フウエンは心配で、心配で子どもたちから目が離せなかったのだが……。
これはハヤテ自身が乗り越えなければならない問題だ。
「この時刻なら、もう冒険者登録も終わっている頃だろう……」
子どもたちのことだ。
登録が終了すれば、迷うことなくグリーンクエストに手をつけるはずだ。
もしかしたら、すでに帝都の外にでているかもしれない。
今から追いかけたとしても、おいかけっこが繰り広げられるだけだ。
そのようなことになれば、冒険者としての身分を新たに獲得するどころではなくなるだろう。
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