4-3.桁が二つほど多い
「コレにもサインくださ――いな。リュウフウに発注した分の申請経費よ」
底抜けに明るい声につられて、ギンフウはコクランが差し出した書類を反射的に受け取った。
「ああ……。今回の、装備の件か? ところで、リョクランが用意した『お弁当』は、本当に、あいつのポケットマネーでいいのか? ヒトが食べるにしては、かなり贅を尽くしたもののように思えたんだが……」
装備といい、お弁当といい、自分の部下たちは、子どもに与えるには過分すぎるものを与えすぎだと、ギンフウは苦々しく思う。
「いいんじゃなぁい? 本人がやりたいんだから。ギンフウが心配することじゃないわよ」
「いや……だが……」
自分のことを棚に上げるわけではないが、ギンフウの部下たちも、子どもたちには過剰なほど激甘な態度で接している。
そして、セイランは無意識のうちに、ハヤテとカフウはそれをはっきりと理解して、いいように大人たちを利用しているふしがある。
いつもは無表情なリョクランが嬉々としてバスケットをカウンターの上に置いたときは、「リョクラン、おまえもか……」とギンフウは心のなかで呟いたくらいである。
最近、手に入れた育児書には、子どもになんでも与えすぎるのはよくないと書いてあった。
子どもたちが大人から与えられたモノの真価に気づいているかは謎だが、今日のアレはあまりにも与えすぎた。
……とギンフウは今の今になって少しだけ……少しだけ、反省していたのだ。
コクランは目を眇めて愉快そうに笑う。
「いいのよ。いいのよ。気にしないで。アノコ……リョクランってば、今回だしたレシピ本も、面白いくらいに、売れに売れまくってるのよ。印税が、がっぽがっぽよ」
「がっぽがっぽ?」
ギンフウは軽く首を傾ける。
「ええ。普及版と豪華特装版をだしたらね、豪華特装版は発売前に売り切れちゃったし、普及版も、普段遣い用と閲覧用と保管用と……三冊購入するヒトが続出してね」
「料理本でか? 本に変な仕掛けを施したりしていないよな?」
「するわけないじゃない。装丁と編集をがんばっただけよ。料理本の革命書といってもいいかしら」
胸を張って自慢するコクランを、ギンフウは冷ややかな目で眺める。
コクランがそう言うのなら、それで間違いないのだろう。後で、別の部下にそのレシピ本とやらのチェックだけはさせておこう、とギンフウは心に留め置く。
「あれくらいのバスケットの一個や二個、よゆーだから。アノコ、結構、貯めてるのよ。さすがに、薬草学の本は内容がヤバすぎて出版できないけど、レシピ本くらいなら、どうってことないわよ」
「……そうか?」
コクランがそこまで言うのなら、リョクランはその印税とやらでうまく立ち回っているのだろう。
目立つのを極端に嫌がっているリョクランは、魔導具好きの騒がしいリュウフウと違って思慮深い。
ものごとをよく見通している。
無茶なことはしないだろう。
部下たちの個人的な収入とその使い道にまでは、ギンフウは口を挟むつもりはない。
不本意な形ではあったが、部下たちは帝国騎士という身分から開放されたのだ。
ならば、第十三騎士団ではできなかったことをやればいい。
趣味が実益につながったのだから、めでたいことだ。
「わかった」
ギンフウは短く答えると、リュウフウが申請した経費一覧に目を通しはじめる。
「…………………………」
「……ギンフウ? どうしたの?」
書類を見て動きが止まったギンフウに、コクランが訝しげに声をかける。
「……ああ。コレって、オレが最初に提示した予算金額より、桁が二つほど多い……よな?」
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